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第36話 思惑の影

****


(やはり、あの小娘。思った通りの女だったな…)


廊下を一人歩いていた男。

ソルバート·ジャノンは内心呟いた。

現在彼はパシヴァールで大臣の役職についている。

彼の仕事は主に国の資金管理、情勢の報告が主となっていた。

しかしソルバートは欲深い男であった。

大臣の傍らに手広く投資を行っていた。金が増え、豪遊三昧していたが、ある日を境に投資が上手く行かず、資金が尽きかけた。

考えた末、ソルバートは国の資金に手をつけてしまった。

着服したのだ。


今までクライドの目を盗み、宰相に誤魔化し続けながら上手くやっていた。

それもクライドは他人に興味がなく、国政に問題がなければ口を挟んでこない。

資金の着服は帳尻さえ合わせてしまえばバレない。

全て上手くいっていた。


しかし今のクライドは変わろうとしていた。

他人に興味がなかった男が興味を持ち始めて最近は情勢に意見をし始めた。

このままいけば国の資金管理にも口を出して来る可能性は高い。

全てあの女のせいだ。

全く忌々しい小娘が!


ソルバートはアリスのことを憎んでいた。

正確にはアリスの父親を。


彼は学生の頃、アリスの父親に虐められ、自分の大切な彼女を奪われた経験があった。

当時の彼は爵位が低く、公爵家のフィールド家に意見なんて出来ない。


ソルバートは一人耐えるしかなかった。

影でクラスメート達が馬鹿にされ、アリスの父親は機嫌が悪い時はソルバートを呼び出して殴っていた。

理不尽な暴力。

力がないと抵抗すら出来ない。

悔しさを募らせた彼は周囲を見返すために努力した。


勉学、剣術、経済学の全て学び尽くして数年後彼は先代の王に認められて宰相となった。

しかし欲深さが出てしまった。

大金を得てしまったが為にギャンブルにのめり込んだ。


そして自分を追い込むためにフィールド家の娘が国王陛下の婚約者として現れた。

憎きフィールド家の娘が。


きっとこの娘は自分の地位を脅かす存在になってしまう。

あのフィールド家の娘だ。

驚異でしかない。

それに憎き相手の娘が国王陛下の妻になることを容易できなかった。


(あの男のことだ。自分の娘を使って奴は権力を得ようとして来るはず…。絶対に思い通りにさせてなるものか……)


ソルバートは胸の内に強い憎しみを宿す。

必ずアリス·フィールドを失脚させる。

それが今の彼の目的だった。


****


王宮の食堂で私とクライド様の二人は夕食を食べていた。

テーブルの上には鶏肉のソテー、スープ、ステーキ、ビーフシチュー、デザートにラズベリーソースのチーズケーキなどといった豪華な料理の数々が並べられていた。

王宮の凄腕の料理人が作ったものである為、どの料理も味は素晴らしく、美味だった。


「アリス。明日一緒に視察に来て欲しい」

「視察…ですか?」


当然クライド様に言われた私は不思議そうな顔を彼に向けた。

彼が私に視察に来て欲しいということは未来の王妃として仕事をして欲しいと意味をしている。


今の私の立場は国王陛下の婚約者。

そんな私が彼の仕事の手伝いをしても良いのだろうか……。

下手に私が口を出してしまい、周囲の人達を困らせたりはしないのだろうか…。

そんな不安が押し寄せてくる。


クライド様はそんな私に言った。


「言葉どおりただお前は私に着いてくれば良い。

婚約者であるお前をまだ王妃としての仕事を任せる気は無い。お前に望むことは視察中に何か気になることがあれば私に報告してもらえれば良い」


「でも、それだと私の意見に左右されてしまうのでは…」

「勘違いするな。決めるのは私だ。お前では無い。お前はただ私に報告するだけで良いんだ」


「分かりました。ところで、どうして私もご一緒するのですか?」


私は抱いた疑問を口にする。

報告するだけならば何も私ではなく騎士でも良いはずだ。

どうしてそれを……?

そんな私に彼は答えた。


「今度行く視察の場所は「アクリウト」水の都と呼ばれる街だ。水路が多く、街の移動手段は主に小舟を使って移動する。見物するには良い街だと言われている。息抜きにどうかと思ってな」


「クライド様……」


「今回の視察はお前の護衛騎士であるヨルも同行する。他の騎士達を数名付ける予定だが…。何があってもすぐに対処は出来るはずだ」


クライド様は一度言葉を切り、続けた。


「それに今の状況でお前を一人城の中に残しておくというのも出来ないからな」


クライド様は不器用にそう言った。

だけど彼が私を心配して言ってくれたのだと私は理解出来た。

どうでも良い存在ならばこんな話はしない。

だから私は彼に告げた。


「心配して下さって有難うございます。是非ご一緒させて頂きます」


私の言葉にクライド様はふっと小さく笑った。


「準備の方は侍女達にすでに話してある。滞在期間は二日だ。お前もそのつもりでいろ」

「はい」


私は彼に小さく頷いた。


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