真剣な顔で言う彼に私は緊張した面持ちをする。
まさかまた前回と同じ視察の同行をたのまれるのだろうか。
「二週間後。隣国から王太子がパシヴァールに条約の契約の為に訪れることとなっている。お前は婚約者として会議に同席してもらう」
他国との条約会議に参加するのは国王の側近、王宮で地位が高い者、王族のみだ。
婚約者と同席するということは次期王妃として扱われる。
「私に婚約者がいるという噂が隣国で既に知れ渡っている。婚約者が同席しなければ隣国から不信に思われるからな」
「そういうことでしたら、お引き受け致します」
「会議ではお前は何も話さなくても良い。ただ私の傍にいろ。何か話し掛けられても笑って誤魔化せ。あとはこちらで対応をする」
(つまり私はお飾りと言うことね……)
その方が私にとって都合が良い。
国政の会議の場で下手に私が口を出してしまえば私の婚約者であるクライド様の品格が疑われかねない。
既に王妃教育を終了しているとはいえ、今の私は条約の内容を把握しきれていない。
だったら、ここはクライド様から言われた通り黙っておいた方が余程懸命だ。
「わかりました」
「では、頼んだぞ。あと…」
クライド様は真剣な顔で私に告げた。
「隣国の王太子には関わるな」
「何かあるのでしょうか?」
「隣国の王太子エリオット·ユージンニスは人当たりが良く、誰に対しても紳士だが頭がキレると言われている」
「別に心配するようなことでは…」
「奴は自分の目的の為ならば手段は選ばない男だ。強引な手で欲しいものを手に入れてきた。見た目の優雅さとは相反してな。他国と戦争を行っていた時も同じような手口をしていた。気をつけることに越したことはない」
(強引な手段で欲しいものを手に入れる…。一体どのような人なのかしら…)
真剣な顔で私を見つめるクライド様に私は小さく頷いた。
「わかりました。クライド様の言う通り、王太子とは関わらないように致します」
「ああ」
彼は私の言葉に静かに返事を返した。
正直、どうして彼がここまで隣国の王太子の存在を気にするのか私には理解ができない。
私と王太子には接点が無く、王太子自身が私に興味を持つとは限らない。
立場では私は国王陛下の婚約者だが、それだけの存在だ。
クライド様は私に対して過保護過ぎるところがある。
大臣も捕まり、今はクラリス様も静かにしている。
以前まで私に厳重な護衛が付いていたが、今はヨルだけが私の護衛騎士のままになっている。
ちなみに私の護衛騎士はヨル、クライド様の二人が選考に対してこだわりが強く、なかなか決まらないでいた。
この調子ではずっと決まらないかもしれない…。
クライド様は紅茶を一口飲み、ソーサーの上にティーカップを置いた。
「王太子が滞在中の間、お前の部屋は私の隣に用意をさせるからお前もそのつもりでいろ」
「えっ?」
彼の突然の発言に私は驚く。
「どうして私の部屋を…」
「お前の部屋は客室に近い。何かあってからでは遅いからな。近くにいた方が何かあった時、こちらとしても迅速に動ける」
「いくら何でも過保護ではありませんか?」
「悪いが、これはもう既に決めたことだ。いくらお前の頼みでも聞けない。大人しく従ってもらう」
頑なな態度を取るクライド様に私は仕方なく従うしかなかった。
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午後の昼下がりの執務室。
そこにはクライドとヨルの二人がいた。
クライドは執務室の席に座り、目の前に立つヨルに真剣な表情で言った。
「ヨル。王太子がアリスに近づかないように気をつけて見ていろ」
「承知しました」
ヨルは真面目な顔をしてクライドに訊ねる。
「隣国の王太子はそんなに危険な奴なのか?」