エリオット様は柔らかい表情をしたあと、スっと目を細めて真面目な顔をして告げた。
「こちら側は条件を一つ追加致します。パシヴァール、ユージニス国を繋げる街道の建設の許可を頂きたい。同盟を結ぶのなら両国行き来できた方が便利になりますし、庶民の働ける場所を増やしたいと考えています」
「パシヴァールとユージニス国を繋げる街道だと!?」
「しかし、それではパシヴァールの方に多くのユージニス国の民が流れてくるのでは無いか…?」
貴族達はエリオット様の言葉にざわめいて口々に話す。
それに対してエリオット様は困った顔をした。
「条約としてこちらは生活の資源となるものを提示させて頂いております。白麦、碧水晶石も他国で価値があるものかと思います。私は友好国であるパシヴァールだからこそ、優先的に独占輸入をさせて頂きたいと思っていますが、こちら側に利益も必要です。多少なりともそちら側もリスクを受けるべきではないでしょうか?」
エリオット様の言葉に貴族達は押し黙ってしまった。
(なるほど。ただの王太子様ではなかったのね…)
先程のフレンドリーで人好きさせる雰囲気はそこにはなく、そこには毅然とした王太子の姿があった。
思わぬ彼のギャップに対して私は内心驚く。
「わかった。ならば、こちら側もパシヴァールの民をユージニス国の出入りと仕事の受け入れを求める。それが互いの利益の為になると思うが…」
「良いでしょう。それで手を打ちます」
クライド様の言葉にエリオット様は小さく頷く。
条約の合意がなされたことに周囲は安堵した表情を浮かべた。
それから細かな条約の取り決め、禁止ごとなどといったものの話し合いが行われ、無事に会議は終わった。
クライド様の言葉どおり私は会議中言葉を発することなく、お飾りの婚約者のようにただ座っているだけだった。
「ご苦労だった。あとは部屋に戻っても良い」
「承知致しました。では、私はこれで…」
私は席を立ち、会議室を出て行こうとした。
その時。
「婚約者殿」
突然、エリオット様から手を掴まれた。
エミリア様は私を見て柔らかい表情を浮かべた。
「エリオット様!」
「これから街を観光するのだけど、きみに案内して欲しいんだ。良いだろう?」
「ですが…私は…」
客人であるエリオット様の頼みを無下に断ることは許されない。
本来ならばここは彼の望みを叶えるべきだ。
しかし、私はクライド様から彼に近づくなと言われている。
クライド様の目の前で彼の誘いを受ける訳にはいかない。
「彼女の手を離して頂きたい」
クライド様は私の隣に立ち、エリオット様を冷たい眼差しで見た。
氷のような目。
その目で見られてしまえば、誰もが恐怖に陥ってしまうというのにエリオット様は柔和な表情を崩さず、平然としていた。
「あっ、悪かったね。無粋にレディに触れてしまって」
「い、いえ……」
エリオット様は私の手を放した。
クライド様は表情を変えぬまま、エリオット様に言った。
「先程も申しました通り、彼女は私の婚約者です。いくらお相手がエリオット様でも他の男性と二人きりにするのは容易できかねます」
「クライド国王って独占欲が強いのですね。意外でした。しかし、そういうことでしたら婚約者殿の案内は諦めます」
良かった。諦めてくれて。
私は内心ほっと安堵する。
しかし彼は穏やかな顔を崩さないまま言った。
「では、本日の夕食を彼女と共にしたいのですが国王陛下の許可を頂けますか?」
「なぜ彼女なんだ?」
「あのお噂に名高いクライド様のご婚約者様はどのようなお方なのか気になっていまして…。それにせっかくパシヴァールに来たというのに国王陛下と夕食をご一緒出来ない代わりに彼女に代役をお願いしたいのですよ」
「……………」
クライド様は眉を僅かにひそめた。
条約会談が成功したのにここで相手の機嫌を損ねてしまうのは不味い気がする。
「では、私で良ければ今夜喜んで夕食をご一緒させて頂きます」
「ほんとかい!やはりきみは話が分かる女性だ」
エリオット様は私の手を握り、嬉しそうな表情をする。
それに対してクライド様は無言の圧を出していた。
(怖いくてクライド様の顔が見れない……)
「私の妻の手を離して頂けますか?」
「おっと、これはすまなかったね。嬉しくてつい、きみの手を握ってしまった。クライド国王感謝するよ。それじゃあ、婚約者殿またあとで」
そう言ってエリオット様はその場から去って行った。
ここにいてはマズイ…。
そう思った私は足早に会議室を出て行こうとした。
「では、私はこの辺で……」
「待て」
クライド様は逃げようとした私の手を掴み、壁際に追い詰めた。
壁ドン!!
ここ会議室なのに!こんな場所で…!?
私は慌てて周囲を見渡すと既に王族や貴族達は居なくなっており、室内には私達だけになっていた。
クライド様は私を追い詰めたまま、私に迫った。
「どういうつもりだ?」