(どうしよう……。これは怒っていらっしゃる…)
静かな怒りを私に向けるクライド様に私は彼の怒りを沈めるように穏やかな声音で話す。
「差し出がましいことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした……。あの場でエリオット王太子様の望みを叶えなければ、せっかく上手くいった条約が破談になりかねませんし、何より彼とは食事をするだけです。心配なさるようなことはないかと……」
「甘いな」
「えっ…」
「会談の時の奴の発言を聞いただろう?奴は自分の思うようにことを進めようとする節がある。
先程、奴はお前に発言をするように自然に促した。お前の意思ならば私が断れぬことを知ってな」
そうか!
あの時、私は自分から何とかしなければいけないと思って、咄嗟に自分から食事にと申し出た。
それがエリオット様の計算のうちならば…。
私は彼の思惑に嵌ってしまったということだ。
クライド様は私の頬に手を触れた。
彼の美しい顔が近づいて胸がドキリと脈を打つ。
「あ、あのクライド様…」
「お前は私の忠告を無視した。仕置が必要だな」
「だ、だから…それは……」
彼は私の髪に触れ、後ろの首筋に指を這わせるように撫でる。
身体中が熱くなり、ゾクッとした。
ビクッと反応してしまう私に彼は私の耳元で甘く囁く。
「じっとしてろ」
彼は私の首筋を吸うように軽く噛む。
身体中がゾクゾクするのを感じる。
「く、クライド…さま…」
満足したのか彼は私の身体を離して、私の顔を見た。
「見ないで下さい…」
顔が赤くなり、瞳が潤んでしまう。私は手で顔を隠そうとする。
あんなことをされて恥ずかしさで消えてしまいたいくらいだ。
「…………ッ」
クライド様は私の腕を掴み、身体を引き寄せると私に口付けをした。
「んんっ……」
深い口付けをされて、やがて私は彼から開放される。
何故彼はこんなことをするのだろう。
意味がわからない。
「お前がそんな顔をするのが悪い」
「どうして…」
「そんな顔をされたら押さえが効かなくなるのは当たり前だ……」
顔を赤くした彼は私からふいっと視線を逸らした。
始めてみるクライド様の態度に私は胸が高鳴る。
「その顔誰にも見せるなよ」
ボソッと彼からそう言われて私は何も言えず、気恥しさを感じた。
「あ、あのクライド様の意思は分かりましたので、私はこの辺で失礼します!」
「アリス!!」
クライド様の声を振り切って、私は恥ずかしさのあまりその場から逃げ出した。
誰もいない廊下を私は走る。
まさかクライド様からあのようなことをされるとは思わなかった。
今まで彼の見たことがない顔。
彼の言葉に私は何故か嬉しさを感じていた。
クライド様に対して今まで私は何も感じていなかったはずなのに…。
(どうして、こんな気持ちになるの…?)
彼といると私の胸の鼓動が彼に伝わってしまうかもしれないと思い、私は思わずその場から逃げ出したのだ。
自分の気持ちが分からない。
私はどうしたら良いんだろう……。
私はそんな思いを抱きながら自分の部屋に向かったのだった。
****
夜。
私は食堂の席に着いていた。
テーブルの上にはローストビーフ、野菜スープ、パン、魚のソテー、ステーキなどが並べられている。
周囲には侍女、護衛騎士であるヨル、そして私の目の前にはエリオット様が席に座っていた。
「いや、強引に頼んで悪かったね。でも、どうしてもきみと話がしたかったんだ。会談の席ではあまり話せなかったからね」
「こちらこそ、エリオット様から気に頂けて大変光栄です。有難うございます」
「ところで、きみは貴族なんだってね。しかも爵位はそこそこだ。どうやってクライド国王の婚約者の地位に上り詰めたんだい?知りたいな。彼の心を射止めた理由を」
にっこりと質問をするエリオット様。
気さしいが言葉の端々に刺があるように感じてしまうのは気のせいだろうか。
「私は何も…。クライド様がお決めになられたことでしたので…」
「ふぅん。なるほどね」
エリオット様はワイングラスを手に取り、中に注がれている芳醇な香りがするワインをゆっくりと揺らした。
「でも、僕が見るかぎり…国王陛下は余程きみを大切にしているよね。だってあの人を信じない冷酷王がきみにだけ明らかに態度が違うのだから。だからどうやって取り入ったのか気になったんだ」
(この人…私がクライド様の婚約者であることを気に入らない…?でも隣国の王太子なのに、どうしてそんなことを気にするのかしら…)
「あっ、でも誤解しないで。きみのことを嫌って言った訳じゃないんだ。ただの興味だよ」
エリオット様は一度言葉を切り、続けた。
「僕の国でも庶民が王族に認められて結婚するケースはあるし、庶民出で実力の強さから騎士団の隊長に出世した者だっている。先程も言った通り皆に恐れられた冷酷王の伴侶が気になっただけだよ」
(何よそれ…。余計なお世話だわ!)
彼の言葉は私の癪に触った。
クライド様は冷酷王と自国や隣国に恐れられているのは周知の事実だ。
だがクライド様が決められたことに他国の王太子が興味本位で首を突っ込むように探るなんて失礼にも程がある。
今私はクライド様の婚約者となっているが彼に品定めをされる筋合いは全くない。
彼は部外者なのだから。
しかしここで私が彼に言い返すことは出来ない。相手は隣国の王太子。
私の言葉一つで国通しの争いに発展しかねない。
苛立つがここは笑顔で乗り切るしかない。
「ところで……ん?」
エリオット様はワインの香りを楽しんだ後、何かに気づいて手をとめた。
「きみちょっと……」
「はい」
エリオット様は近くにいた一人の若い侍女を呼びつける。
彼は傍に来た侍女の頭の上からワインをかけた。
(!?)