彼の行動に驚きを隠せなかった。
侍女の頭の上から服まで紫色の液体で汚れてしまう。
彼女自身何があったのか理解出来ずにそのまま固まっていた。
そんな彼女にエリオット様は冷淡に冷ややかな表情で告げる。
「匂いがキツすぎる。なぜこの僕にこのようなワインを出した?それに魚のソテーだって焼きすぎて風味を損なっている。ここは客人相手に満足に料理も出せないのかい?」
「も…申し訳ありませんでした…」
侍女はエリオット様に対してガタガタと身体を震わせる。
相手は隣国の王太子だ。
この国と違うといえ、彼を不快にさせてしまえば侍女である彼女は罰を受けてしまう。
それは間逃れない事実。
だけど、こんな状況は見逃せない。
「エリオット王太子」
私は静かにエリオット様に告げた。
「何かな?婚約者殿」
「まずは私からお詫びを申し上げます。お料理の件大変申し訳ございませんでした。すぐに代わりのものを用意致します」
「そうかい。ありがとう」
「ですが……」
私は一度言葉を切り、続けた。
「これはいくら何でもやはり過ぎです。ここパシヴァールであり、あなた様の自国ではありません。侍女にこのような仕打ちをされるのはおやめ下さい!」
「ならば、パシヴァール国王の婚約者であるきみは他国の王族に非礼を働いた罪になるのだが、それは構わないのかい?」
「これは全て私の独断です。そこに条約の話題を持ち出されますと、せっかくユージニス国の利益になることもここで白紙になってしまえば、困るのはそちら側だと思いますが?」
エリオット様は条約会談の最中ユージニス国に利益になるために動いていた。
使者を使わず、わざわざ条約会談の為に自らやって来たといくことは余程自国の利益を上げたかった可能性がある。
自らの行動で条約が破談になることは相手の方もしたくないはずだ。
「なるほど……。きみ面白いね」
エリオット様はふっと笑い、私に視線を向けた。
「じゃあ、きみが僕に料理を作ってよ。料理は何だって良いよ。豪華なものでも、普段庶民が口にしているものでも。だけど、このソテーみたいに食材風味、香りを損なったものは無しだからね」
「お待ちください。王太子陛下。そのようなことをアリス様にさせる訳にはいきません。彼女はこの国の国王陛下の婚約者なのです。それに国王陛下がお許しにはなられないでしょう」
ヨルは私を助けるためにエリオット様に意見を申し出た。
彼の目が私に余計なことはせずに大人しくしていろと物語っていた。
「また、きみか…。きみは本当に僕に意見をするのが好きなんだね」
「申し訳ございません。これが私の仕事なので」
ため息をつくエリオット様にヨルは平然とした態度で返す。
「そうか。彼女の手料理が駄目なのなら仕方ない。確かにここはパシヴァールだが、客人である僕にこの侍女は非礼を働いたのは事実だ。もちろん料理を作った者にも責任がある。その
者達に責任を取ってもらうとしよう」
「私がやります!」
「アリス!?」
ヨルが制するのを無視して私は彼に強い口調で言った。
例え今の私が彼の誘導で自ら進んで罠に掛かっていたとしても構わない。
目の前で傷つく人を見たくはなかった。
「そうかい。では頼んだよ。もちろん何時になっても構わない。時間はたっぷりとあるんだからね」
エリオット様は私ににっこりと微笑んだ。
そんな彼に私は言った。
「ありがとうございます。ではお食事のご用意が出来ましたらお知らせ致します。それまでお部屋でお待ちください」
私はそう告げると、食堂を後にして厨房へと向かった。
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夜の厨房の廊下。
「大人しくしていろって俺言ったよな?」
「い、言われてない……」
今私は厨房の廊下で怒ったヨルに詰め寄られていた。
あの後、私はエリオット様に出す料理を作る為に厨房に向かっていたら突然、ヨルから引き止められたのだった。
「言ってなくてもな、あの場で余計なことをするんじゃねーよ。あの手のタイプは一度我儘を聞いてしまうと付け上がるんだよ」
「だけど、黙っていることなんてできない。あのままだったら侍女が罪に問われていたんだもの。私の力でどうにかなるのだったら、そっちの方が良いわ。もし、失敗した時に罰せられるのは私だけで済むのだから…」
「お前は相変わらずお人好しだな」
ヨルは呆れたようにため息をつく。
彼が呆れるのも分かる。
あの場で大人しくやり過ごすのが賢いやり方だとは思うが、私は自分の身可愛さに流されるのも、人が傷つくのも我慢しないと決めた。
だから後悔はしていない。
「それで何か勝算はあるのか?」
「気に入るかは本当に運次第だと思うけど…」
「じゃあ、その運に掛けるしかないな」
ヨルはそう言って厨房のドアを開けた。
私は彼に着いて言ったのだった。
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「アリス様!この度はご迷惑をお掛けいたしまして大変申し訳ございませんでした!!」
厨房に入って来た料理人達は突然来た私達を見て驚き、彼らに事情を話すと料理長は私に頭を下げた。
「いえ、頭をお上げください。私は気にしていませんから…」
「ユージニス国の王太子様がいらっしゃるのに料理をパシヴァールの料理をお出ししてしまった私の責任です。誠に面目ありません」
ユージニス国とパシヴァール国では多少だが、料理の文化、調理方法がことなっていた。
パシヴァールでは食材と調味料を使い、調理する方法を主に取っているが、ユージニス国では食材ならではの自然の味、風味を生かした食事が多い。
魚のソテーもエリオット様の口に合わなかったのはそのせいだ。
「そんな気にしないで下さい。失敗は誰にでもあるのですから」
落ち込む料理長に私は声を掛ける。
まずは後悔するよりもエリオット様が気に入る料理を作らなければならない。
「こちらでエリオット様にお出しする料理を作りたいのですが、少しだけ場所をお借りしても宜しいでしょうか?」