「料理でしたら私が…」
「いえ、エリオット様から私が作るようにお願いをされてしまったので…」
「そういうことでしたら、是非お使い下さい。必要な食材があれば教えて頂けましたら、こちらで準備を致しますので」
「ありがとうございます」
厨房の隅の方に移動して、テーブル台の上に食材を置いた。
ジャガイモ、人参、キノコ、バター、小麦粉などの材料が揃っていた。
私は腰に両手を当てて満足気に頷く。
「これだけ揃ってれば、何とか出来そうね」
「何を作る気だ?」
「秘密」
「でも、本当に大丈夫なのか?俺お前が料理しているところなんて見たことないぞ」
「大丈夫よ。私実家で料理もさせられていたから、ある程度の料理は出来るから」
訝しむヨルに私は小さく微笑んで言った。
「見てて、何とかするから」
***
二時間後。
再び食堂にやって来たエリオット様に私は食事を出した。
エリオット様の皿の上には一つの大きなパイが乗っていた。
エリオット様は訝しむようにパイを見たあと、私に訊ねた。
「婚約者殿。これはなんだい?まさかこれが食事ではないよね?」
「ええ。そうです。これが食事です」
「僕のことを馬鹿にしているのか?」
低い声音で言うエリオット様に周囲にいた侍女達は不安そうな顔をするが、私はにっこりと微笑んで答える。
「パイの中心をスプーンで割ってみて下さい」
「…………」
仕方ないといった表情でエリオット様はスプーンを手に取り、パイの中央を崩す。
するとパイの中からジャガイモ、人参、野菜がゴロゴロと入った野菜たっぷりのホワイトスープが出て来た。
「これは…!」
エリオット様は驚きながらもスプーンでホワイトスープを掬い、一口食べた。
彼は感動したようにぽつりと言葉をもらした。
「美味しい…」
「良かったです。お口に合って…」
「野菜の素材の味も生かされていて、何よりこのホワイトスープがとてもクリーミーで、こんな美味しいもの口にするのは初めてだ。それにパイの中にホワイトスープを入れるという斬新なアイデアも素晴らしい!婚約者殿は随分と料理の腕が良いのだな」
「お褒めにお預かり光栄です」
このパイのホワイトスープの発想は実家の年配の料理人だった。
彼は私が家族から虐待されていたのを知って、両親に隠れていつも私に残り物の食事を与えてくれた。
その時、彼が初めて作ってくれたのがパイのホワイトスープだった。
初めて彼が私の為に作ってくれた料理。
これを初めて口にした時、涙が出るくらい美味しかったことを今でも覚えている。
年配の料理人は身体を悪くしてしまい、仕事を辞めてしまった。
彼の暖かい優しさは今でも覚えている。
エリオット様はふふっ。と突然笑い出したあと、楽しそうに私に言った。
「きみって、やっぱり面白いよね。まさか、こんな面白い料理を出して来るとは思わなかったよ」
エリオット様は一度言葉を切り、穏やかな表情で告げた。
「僕の負けだ。こんな素敵な料理を出されては何も言えない。婚約者殿…いや、アリス嬢。先程は失礼な振る舞いをしてしまい、大変申し訳なかった」
「いえ、そんな私は…」
慌てる私にエリオット様は「そうだったね」と言って、先程自分がワインを掛けた侍女の前に立つと彼は彼女に頭を下げた。
「先程は大変失礼なことをした。本当に申し訳ない」
「えっ、あ、あの…」
突然、隣国の王太子から頭を下げられた侍女は焦り、困った顔をする。
王族は貴族、民に頭を下げない。
民達の上に立つものとして示しがつかないからだ。
だからこそ侍女が自分のせいで他国の王太子に頭を下げさせてしまったことに対して困った顔をするのは当然だと感じる。
「そ、そんな…私のような者に、頭を下げないで下さい…」
「そういう訳にはいかない。私はきみに無礼な行いを働いた。それに我が国では如何に王族であろうと自分が間違いを起こしたのならば、その者に謝罪をすることが決まりだ」
(我儘な人だと思ったけど、ちゃんと筋を通す人なのね…)
きっと彼は王族、貴族といった地位を気にせず、誰とでも対等に接するのかもしれない。
王族、貴族の中には地位や権力に固執する者が多い。
そんな中で誰とでも対等に接するのは珍しいことだと感じる。
ユージニス国という国の風習も関係しているのかもしれないが……。
「私は気にしていません。どうかお顔を上げてください」
侍女は焦ったようにエリオット様に言う。
エリオット様は彼女の言葉を聞いてゆっくりと顔を上げた。
「許してくれてありがとう」
エリオット様は申し訳なさそうに小さく苦笑を浮かべた。
その表情はどこか柔和な美しさを醸し出しており、近くにいた侍女達は見蕩れていた。
「では、僕は部屋に戻るよ。アリス様、手料理をありがとう。とても美味しかったよ」
エリオット様はそう言って食堂を後にした。
私は思わずほっと胸を撫で下ろす。
何とか上手くいったみたいだ。
「アリス様!助けて頂きまして本当にありがとうございました。もし、あのままでしたら私はきっと罰を受けていました。どのように感謝したら良いのか…」
侍女は私に近寄り、お礼を告げる。
感極まったのか瞳を潤ませていた。
「そんな大したことなんてしていません。私は、ただ自分に出来ることをしただけであって…」
「それでも私はアリス様の優しさに助けられました。本当にありがとうございます」