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第63話 利用と思惑

私が彼女を助けたのはただの自己満足にしか過ぎなかった。

エリオット様から理不尽なことをされている侍女の姿を見て思わず昔の自分の姿と重ねてしまった。

彼女を放っておくことはできない。

助けたいと強く願った。

だからこそ思わず身体が動き、行動に移しただけだ。

感謝されるいわれはない。


だけど…───。


安心したように安堵する侍女の姿を目にして心から彼女を助けられて良かったのだと思った。


「アリス様!先程はとても素敵でした!私は見ていてとても感動しましたわ!」


「視察の仕事をなさるだけではなく、隣国の王太子様がお認めになれるお料理までお作りになられるなんて!さすがは国王陛下がお認めになれた婚約者様です!」


「ちょっと待って…」


他の侍女達は一斉に私に近づき、口々に私を称賛した。

おそらく先程私と侍女のやり取りを目にして感化されたのだろう。


(本当に大したことないのだけどなぁ…)


侍女達に囲まれた私は助けを求めるようにヨル視線をやるが、彼は小さく肩をすくめるだけだった。

私は侍女達の話を聞きながら小さく苦笑を浮かべたのだった。



****


翌日の朝。

食事を終えたあと。

私はクライド様の執務室に呼ばれ、彼に壁際に追い詰められていた。


「話はヨルから聞いた。昨日は随分と活躍したようだな」

「えっと…。これにはわけがありまして……」


クライド様は静かな口調で告げるが、声音が低い。

おそらくだが、これは怒っているかもしれない……。

彼は再三にわたって私にエリオット様には近づくなと忠告をしていた。

私は彼の忠告を破って自らエリオット様の罠に引っかかったり、彼に近づいたのだ。

理由はどうあれ約束を破ってしまった。

クライド様がお怒りになられるのは当然のことだ。


「クライド様…約束を破ってしまい、大変申し訳ございませんでした…」


私は彼の顔色を伺うようにチラッと見る。

彼は不機嫌そうに私を見たあと、短いため息をついた。


「もう良い。確かにお前は傷つけられそうな人間を見ると放っておけないところがあったな。お前のことを理解していたつもりだったが、今回はさすがに肝を冷やした」


「本当に申し訳ございません…。感情のまま行動をしてしまって……」


「だが、お前のその行動のおかげで、侍女の一人が助かったんだ。今回は大目に見ることにする」


「あ、ありがとうございます。でしたら、そろそろ離れて頂けますと、助かるのですが…」


壁ドンをされたままの体制だとこちら側が緊張してしまう。

それに顔が良いので、こんなふうに迫られてしまえば、どうしていいのか分からない。

クライド様はさらにぐっと私に顔を近づけた。

胸がドキリとしまい、私は思わず上擦った声を上げた。


「く、クライド様…?」

「一度とは言わず二度も私との約束を破るとはな…」


クライド様は私の頬に手を触れた。

私に触る手つきが優しく、脳裏に以前彼が私に口付けをして触れたことを思い出してしまい、胸が高鳴ると同時に顔を赤くしてしまった。


「あの…」

「黙ってろ」


クライド様の顔が近づく。

(動けない…)


逃げられないようにガッチリと逃げ道を防がれてしまっている。

熱ぽい視線が私に向けられる。

さらに彼の顔が近づく。

その時、突然コンコンとドアをノックする音がした。


最初クライド様は無言を決め込んでいたが、ドアの外から兵士が彼を呼ぶ声がした。


「国王陛下。至急の要件で宰相がお呼びになられております」


クライド様はため息をついたあと、仕方なく私から身体を離した。


「すぐに行く」

(助かった……)


私はほっと内心胸を撫で下ろす。

そんな私にクライド様は視線を向けた。


「今回は見逃してやる。もし、つぎ同じようなことがあったら容赦しない。覚悟しておけ」


射抜くような視線に見つめられて私は彼に何も言えなかったのだった。

****


「この紅茶の香り。とても上品で香しい香りだね。さすがはクラリスだよ」


「お褒めに預かり光栄です。こちらはパシヴァールで栽培している茶葉で香りだけではなく、味もほんのりと甘くて美味しいのですよ。きっとエリオット様も気に入ると思われます」


「さすがはクラリス。相変わらずきみは気づかいが上手だね」


翌日の午後。

エリオットはクラリスに誘われて王宮の中庭でクラリスと共にお茶をしていた。

エリオットとクラリスは友人関係にあった。

クラリスがユージニス国に短期留学していた際にエリオットと彼女は友人となった。

クラリスとしてはユージニス国に短期留学中、同学年の貴族の男性に愛嬌を振りまき、か弱い隣国の王女様を演じていた。

貴族の男性達はクラリスの演技、外見に騙されて彼女を大切に扱い、周囲に群がっていた。


そうなれば同性の女性達から嫉妬されるのだが、クラリスは得意の演技で彼女達に優しく接し、パシヴァールで女性に人気である香水の情報、流行りのレースのドレスなど教えた。

そのお陰でクラリスはユージニス国でも上手くやれていた。

クラリスは表面上か弱い王女を演じ、誰も見ていない裏では男を漁っていた。

傲慢さを隠し、欲しいものを手に入れて周囲を欺け続けていた。


目の前にいるエリオットも顔が良いのでユージニス国にいる間だけ自分の恋人にしようかと考えたが彼は多少癖がある男。

欲望のまま遊び相手にするよりも良好な友人関係を保った方が良いと判断し、現在彼とは友人関係を続けている。


エリオットはクラリスの本性を知らない。

もし、本性を知られれば彼は離れていくだろう。

エリオットは癖があり、我儘に見えても自国の民のことを何よりも大切に思う王太子なのだから。


「それにしても、きみから手紙をもらった時は驚いたよ。あのクライド国王が悪女に騙されている可能性があるから手を貸してほしいだなんて」


「あら?悪女とは書いていませんでしたわ。私はただ難がある女性に騙されているかもしれないと書いただけです」


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