私は彼から受け取ると彼は「ありがとうございます」と短くお礼を言って、慌ててその場を後にした。
私は手元にある資料を見た。
そこには演習などで使用する武器の購入リストのようだった。
私は資料をヨルに渡すべく修練場に向かって行った。
修練場は庭園から少し離れた位置に設立されている。
そこには広い修練場と騎士達が寝泊まりする宿舎が立っており、宿舎の中には怪我をした騎士を治療するための医務室がある。
ヨルは私の護衛をする前、クライド様の護衛騎士をしていたので特別城内に自分の部屋を持っている。
だから彼はここには自分の演習、または鍛錬でしか訪れていなかった。
「確かここよね…」
修練場に辿り着いた私は周囲を見渡す。
周りには剣を持った大勢の騎士達がおり、剣の手入れ、打ち合いの練習、雑談をする者たちがいた。
(初めて来たけど。凄いところなんだ…)
クライド様の婚約者となってから私は騎士団に関わることはなかった。
私の護衛はヨルが担当しているし、クライド様も剣の腕はヨルと同様に長けているといわれている。
いつも二人から守ってもらっている為、私は彼らに関わることはなかった。
私はヨルを探す。
するとヨルは奥で整った綺麗な顔立ちの年配の男性…騎士団の団長と剣の打ち合いをしていた。
(見つかったのは良いけれど…どうやって声を掛けよう……)
ヨルは真剣な表情で団長に剣で斬りかかり、それを団長は剣の刃で受け止めている。
木剣ではなく、剣を使っているため演習とはいえ真剣な勝負そのものだろう。
突然、声を掛けるのが幅かれる状況だった。
「あれ?アリス様。こんなところで何してるのですか?」
「セオさん!?」
突然、私に声を掛けてきたのはヨルと同じ騎士団に所属しているセオさんだった。
金髪の髪にエメラルドの瞳。
女性のような綺麗な顔立ちをしているが、誰にでも気安く話し掛け、面倒見が良く、優しい方だが、欠点があるとしたら来る者拒まずの女性好きだった。
彼はヨルの同僚でヨルが騎士団に用事でいる時いつも良くヨルとつるんでいた。
そのせいか私にも話し掛けてきてくれる。
周囲が私をクライド様の婚約者として慎重に扱う中で友達のように気安く話しかけられるのは正直有難かった。
「お久しぶりです。セオさんも修練されにいらしていたのですか?」
「そうなんだよ~。隊長から無理やり修練に参加させられてしまってね。昨日仕事で遅かったんだから、もう少し寝てたかったのに。本当うちの隊長暑苦しいんだから困るよね」
「そうだったのですか」
「そんなきみは…見るかぎり、ヨルに用事があって来たってところでしょう?」
にこっと笑うセオさんに私は短く頷いた。
「そうです。この資料をヨルに渡すように頼まれてしまって」
「なるほどね。だったら、もう少し待ってようか。もうじき決着が着きそうだからさ」
私はヨル達の方へと視線を向ける。
二人は何度も剣で打ち合いを繰り返していた。
彼の言葉どおり本当に決着が着くのかわからないが、私は待っていることにした。
セオさんは私にチラッと視線を向けた。
「ところで、ヨルとクライド国王どっちを選ぶか決まった?」
「ぶっ!」
彼の突然の爆弾発言に思わず私は吹き出してしまった。
そんな私に彼は呆れた表情を向ける。
「はしたないなぁ…。きみ仮にも国王陛下の婚約者なのだから、ちゃんとしないと」
「それはセオさんが変なことを言うからですよ!」
「あれ?そうだっけ?」
悪びた顔をするわけではなく、彼はとぼけたように平然として言った。
「どうして、そんなことを…」
「だって気になるだろう?国王陛下と国王陛下の護衛騎士が一人の女性を取り合っているなんてさ。そんなの滅多に見られるものでもないよ。ちなみに…」
セオさんは一度言葉を切り、続けた。
「俺はヨルがオススメだと思うんだけどな~。アイツが騎士になった理由はきみにあるみたいだし、それにいくら美しい令嬢達が寄って来ても見向きもしない。きみを一途に想ってる証拠だと思うよ」
「おい、変なことを言うなよ」
いつの間にか修練を終えたヨルが私達の傍にやって来た。
彼は呆れた顔をしてセオさんに言う。
「そもそも、お前には関係ないことだろう…」
「そらゃあ…そうだけどさ、気になるだろう。それにこの噂、多分他の貴族達にも知られてると思うぞ。ただあの冷酷王が相手だから、誰も口にしないだけでな」
「だとしても、お前に関係ない。さっさと仕事に戻れ」
「つれないなぁ…。じゃあね、アリス様」
セオさんは手をひらひらと振って、仕事に戻って行ってしまった。
(相変わらず変な人だな…)
「アリス。俺に何か用があったのか?」
「あの、これ…騎士の方からヨルに渡すように頼まれた書類なのだけど……」
私は手に持っていた書類をヨルに渡した。
書類を受け取った彼は真面目な顔で書類を見ていく。
ひととおり書類を見たあと、彼は私に視線を向けた。
「届けてくれてありがとな。少しここで待っててくれないか。コイツをすぐ団長に渡してから戻って来る。それから城内に戻ろう」
「うん」
ヨルは私の頭を優しく撫でる。
彼の大きな手に撫でられる心地良さを感じると同時に気恥しさを感じた。
「あ、あの…」
思わず顔を赤くして彼を上目遣いで見る。
ヨルは優しい目で私を見つめた。
「すぐ戻る」
そう言葉を言い残して、彼はその場から去って行った。
風がさぁと吹き抜け、私の髪を靡かせる。
ヨルから頭を撫でられることはいつものことなのに。
何故だが彼に触れられると胸が高なってしまう。
どうしてなのだろうか…。
こんな気持ちになってしまうのは。
私はヨルに対して気持ちが残っている。だけど同時に別の気持ちもある。
それは……。
そんなことを考えていると、突然視界が白くなり、何か暖かい感触がした。
「にゃ~~ご」
「!!!」
私は声にならない声を上げながらパニックになりながらも顔に乗っている何かに手を触れる。
モフモフとした手触りを感じて、必死に剥がそうとした。
「あはははは。ビックリした?」
ひょいっと顔から何かが剥がれ、視界がクリアになる。
目の前には子猫を抱いたエリオット様の姿があった。
「エリオット様!」
「きみを驚かせようと思って、ちょっと悪戯したけれど思いのほか良い反応だったよ」
エリオット様は楽しそうに笑いながら言った。
「こんなことはおやめ下さい。本当にびっくりしたのですから」
「ごめん、ごめん。今度は別のことにするから」
(全く反省してないな…。この隣国の王太子様は…)
この調子なら滞在中の間、私は彼にからかわれ続けられるのかもしれない…。
そんなことを感じる。
「ところで何しているのですか?まさか修練場の見学に来られたのですか?」
どうして子猫を連れて彼がこんなところに彼がいるのかわからないが、彼は剣の腕が長けていると聞いたことがあった。
もしかしたら、パシヴァールの騎士の鍛錬を長眺めに来たのかもしれない。
隣国とはいえ、他国に自国の戦力や手の内を明かすのは禁じられている。
情報が他国に渡ってしまえば、それを利用されてしまうからだ。
しかし、騎士の修練のみだったら問題は無いはず。
そもそも国王であるクライド様はその辺を徹底しているはずだ。
「そうだね。この国の騎士の剣の腕は我が国より優秀だからね。と、言ってもうちは別の部分で他国よりも秀でているところがある。その辺については秘密だ」
エリオット様は私ににっこりと笑った。
「それよりも僕はきみに会いに来たんだ」
「私にですか?」
「そう。きみに」
なぜ彼が私に?
彼は昨日私に観光の相手を頼んだ。
丁重にお断りをさせて頂いたし、クライド様からも止められている。
まさかまだ諦めていないのではないだろうか…。
警戒心を抱く私に彼は言った。
「猫の散歩に付き合って欲しいんだ」
「散歩…?」
彼の言葉に私は驚きの表情を浮かべたのだった。