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第68話 幼き頃の在りし日のかたち

エリオット様の申し出に私は驚いた。

そんな私の態度を見てエリオット様は呆れたような顔をした。


「きみ何のために付いて来たの?きみに選んでもらわないと意味が無いんだけど」

「申し訳ございません…。すぐに…」

「………」


クライド様は何か言いたげな視線で私を見ていたが私は彼から視線を逸らして慌ててエリオット様の傍に行く。

棚には透明、青、琥珀、黄色といった様々な色の髪飾りや腕輪が置いてあり、形もマーガレットの花や薔薇、蝶をモチーフにした美しい髪飾りが置いてあった。


「王女様はどのようなお花がお好きなのですか?」

「そうだね。薔薇とかではなく、慎ましい花…?が好きだったと思うよ」


エリオット様は思い出すように、あやふやな言葉で言った。

もしかしたら妹が好きな花を覚えていないかもしれない…。

それにしても……。


(可愛くて、慎ましい花かぁ……)


私は並べられた髪飾りを見て、その中から一つの髪飾りを手に取り、エリオット様に見せた。


「こちらは如何でしょうか?」

「ナデシコか…」


「はい。とても可憐で素敵な髪飾りだと思います」

「悪くは無いな。ではこれにするよ。あと…」


エリオット様は一つの髪飾りを手に取り、琥珀色の髪飾りを私の髪にかざした。


「きみはこの髪飾りが似合うね。とても愛らしい」

「あ、ありがとうございます……」


彼から微笑まれた私はどうして良いのか分からず戸惑ってしまった。

どうしてエリオット様がそんなことを…?


「では、こちらも一緒に会計をお願いするよ」

「かしこまりました」


立場上国王陛下の婚約者の私は彼から贈り物を貰う訳にはいかない。

はやく断らないと。

そう思い、慌てて口を開こうとしたその時。

静かな口調でクライド様は言った。


「申し訳ありませんが、私の婚約者に贈り物をするのは遠慮して頂けますか?私は他の男が彼女に贈り物をするのは許容しておりませんので」


「贈り物としても彼女には今日付き合って頂いたお礼も兼ねているのですが…」

「私は独占欲が強い男ですので、例え贈り物でも許せないのです」


いつの間にかクライド様が私の肩を自分の方へと引き寄せていた。

「それに髪飾りなら私が彼女に贈りたいので…」


「そうですか。それなら諦めます。じゃあ、一つだけ包んでくれ」

「かしこまりました」


エリオット様に言われて雑貨屋の店員が髪飾りを丁寧に包む。

私は隣に立つクライド様にひそっと話した。


「あの、どうしてあのようなことを…」

「ああ。先程のことか。言葉通りの意味だ。私はお前のことになると心が狭くなるからな」


クライド様の言葉に私は思わず顔を赤くしてしまう。

まさか彼からそのような切り返しが来るとは想像していなかった。

クライド様は私を庇うようにさりげなくエリオット様に挑発じみたことを言っていた。

彼は気づいていないようだったけれど。

クライド様に注意するどころか、まさかまた自分が彼に赤面をされてしまうなんて。


「アリス様。何をやっているのですか?行きますよ」


気づいたら既に買い物を終えたエリオット様、ヨル達が店から出て行こうとしていた。


「はい…!」


私は慌てて彼らの後を追ったのだった。



****


エリオット様の妹のお土産も購入し、一通り街の中を観光した後。

私達は店が立ち並ぶ道を歩いていた。

いつの間にか夕暮れに差し掛かり、空はオレンジ色に染まっていた。

そんな中、エリオット様はふと一つの店の前で足を止めた。


「エリオット様。どうかされたのですか?」


不思議に思った私は彼に声を掛けた。


「いや、懐かしいと思ってね」

「えっ…?」


彼の目線の先には店に飾られた一つの愛らしい茶色のテディベアがかあった。

テディベアの首にはレースのリボンが掛けてあり、見る限り手作りで温かみがあるものだった。


「実は昔、妹に手作りのテディベアを贈ったことがあったんだ。僕が作った」

「エリオット様がですか…?」


驚く私にエリオット様はどこか懐かしむような表情を浮かべた。


「僕の亡くなった母は刺繍が得意な人でね。幼い頃に良く刺繍のハンカチ、小物を作って貰ったことがあったんだ。妹は母が作る小物が大好きで良く作って欲しいとせがんでいたんだ」


「そうだったのですか…」


「でも暫くして母が病死してしまい、妹は母恋しさに毎日のように泣いていた。侍女達も手を焼いていて、父上は見て見ぬふりをし続けていた。放っておけば良いだろうと言って。だから僕は彼女の為に縫いぐるみを作ってプレゼントしたんだ」


エリオット様は一度言葉を切り、続けた。


「お世辞にも上手とはいえなくて、形だって歪で不格好で、渡した時にどうして手作りにしたんだろうって後悔したくらいさ。だけど妹は僕の作った縫いぐるみを見て泣き止んで、笑って言ってくれたんだ「ありがとう」って」


エリオット様は小さく苦笑した。


「今でも持っててくれているんだ。黒ずんで汚いはずで、さっさと捨てれば良いのに。それでも大切にしてくれている。優しい子なんだ」


「エリオット様…」


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