クライド様は静かに告げた。
「以前、お前に私は周囲の人間のことが信じられないと話したことがあったが、私は自分が信頼している者は何があっても信用するようにしている。それは自分の背中を預けても良いと思える相手だからだ。その中でもお前だけは特別だ」
「特別…」
「私はどのようなことがあろうともお前の力になりたいと思っている。そのことを忘れるな」
クライド様は私の心を見透かすように言った。
彼は私の抱えていた家族への憧れ、寂しさに気づいたのかもしれない。
「はい…」
私は彼に小さく微笑んだのだった。
夜。
自室で私は就寝の前にカミラに髪を溶いてもらっていた。
「アリス様。私が選んだ靴が足に合わずに大変申し訳ありません。アリス様が足を怪我されるなんて…」
「ううん。大丈夫よ。大したことないのだし、気にしないで」
申し訳なさそうな顔をするカミラに私は話題を変えた。
「そういえば、カミラは刺繍は良くやるの?」
「私は刺繍はあまりやらないのです。代わりと言っては何ですが本ばかり読むものですから。アリス様はされるのですか?」
「刺繍はしたことはないけれど、繕いものや小物は少しだけ昔作ったことがあるわ」
「小物とはどのような物なのですか?気になります」
「ハンカチとか手の上に乗るくらいの小さな縫いぐるみ程度よ」
昔、屋敷にいた頃にヨルを通じて知り合いになった小さな家に住むお婆さんと知り合いになったことがあった。
お婆さんは庶民のような暮らしをしていたけれど、動作や所作細かな気配りは貴族のようだった。
私はその人から色んなことを教わった。
そのうちの一つが刺繍だ。
「素敵ですね。今度アリス様が作られた刺繍、是非拝見したいです」
「じゃあ、作ったら見せるわね」
「ええ」とカミラが答えたあと、私の髪をクシで整え終わり、彼女は挨拶をして部屋から出て行った。
一人になった私はソファの上に座り、テーブルの上には今日店で購入した布と刺繍糸があった。
エリオット様に縫いぐるみ作りを教える時に使う材料。
私は刺繍糸を手に取り、眺めた。
縫い物をするのは久しぶりだ。
ちゃんと出来るのか少し不安になってしまう。
だけど引き受けた以上は頑張らないといけない。
(頑張ろう…!)
私は気合いを入れたのだった。
***
翌日の昼間。
早速私は広間でエリオット様に縫いぐるみ作りを教えていた。
「ここの布を二枚合わせるように針で縫うのです」
「わ、わかった」
エリオット様は私の言葉どおり布を縫っていた。彼の目は真剣そのものだった。
縫い終わったエリオット様の布を見せてもらう。
布の縫い目は歪で不器用そのものだった。
お世辞にも綺麗なものとは言えない。
だけど心がこもっている。
「ではつぎは耳を作ってみましょうか。先程縫いぐるみの身体を作った同じ要領で今度は耳を作るのです」
「そ、そうか…」
エリオット様はじっと真剣な顔をして作っていく。
そんなエリオット様は私に話し掛けた。
「きみに作り方を教えて欲しいと頼んだのは確かに僕だけどさ…。まさか護衛騎士まで一緒だとは思わなかったよ」
「申し訳ありません…」
「私はアリス様の護衛騎士なのでご一緒するのは当然のことです。離れた場所にいますので、私のことはお気になさらないで下さい」
私の言葉を遮り、ヨルはにっこりとエリオット様に告げた。
「別に良いよ。ただ国王の婚約者であるきみにここまで四六時中護衛騎士をつけるなんてね。余程クライド殿下はきみのことが心配なんだね」
「恐縮です…」
クライド様は私とエリオット様を二人きりにさせない為に護衛騎士としてヨルも一緒に同席するように命じた。
クライド様は過保護なところはあるのだが、逆にエリオット様を信用していないのでないかという意思にも見えてしまう。
内心そんなことを心配していると彼は平然とした態度で言った。
「そんな顔しなくて良いよ」
「えっ…?」
「別に気を悪くしたとか、そんなんじゃないから。僕もシル…妹が他の男と一緒なら彼と同じように護衛だと言い訳して信頼が置けるものを一人付けていたと思うからね」
「エリオット様は王女様をとても大切にしていらっしゃるのですね」
「そうだね。あの子は僕にとってもっとも大切な妹だからね。きっとあの子が結婚するまで僕は妻を持たないかもしれない。周りは僕にそろそろ結婚や婚約者を選ぶように急かせているけどね」
面倒くさそうにエリオット様はため息をついた。
結婚を急かされているということは王位継承権が絡んでいる可能性があるかもしれない。
しかしエリオット様は妹が結婚、または相手に嫁ぐまでは妻は娶らないと言った。
昨日の彼の態度でも理解したのだが、エリオット様はシスコンなのかもしれない。
だが、そうなると妹に相手が現れた時、果たして彼は妹の結婚を受け入れるのだろうか。
「あっ、でも結婚したくないわけではないよ。相手にもよるけど…」
「それはどんな方ですか?」
つい私は興味本位で聞いてしまった。
こだわりが強く、自由人の彼が好む女性。
ただ単純に気になってしまったのだ。
エリオット様は私の手をそっと握り、私の瞳を見つめて告げた。
「それはきみだよ」
「えっ?」
突然の言葉に私は思わず間の抜けた声を発した。
何故私なのか…。
理解が出来なかった。