庭園に咲く薔薇は真紅の色が多いが庭園の奥にある温室の中にはブルーローズがある。
ブルーローズを育てるのは難しく、なかなか育たないと言われているのに温室では見事に美しく咲き誇っていた。
王族たちは客人が来ると良くブルーローズを自慢げに見せていた。
「ねぇ、どうしてあんなことをしたの?」
「もしかして、お前俺が王太子に失礼なことをしないか心配しているのか?せっかく助けてやったってのに」
「そこは感謝しているけど。相手は隣国の王太子で今回条約会談に来ている方なのよ。もし機嫌を損ねて外交が失敗したら…」
「そんなこと気にしなくて良い。それにお前も既にやからしているだろう。侍女を庇って隣国の王太子に啖呵切って、手料理食わせたじゃねーかよ」
「うっ………」
私は思わず言葉を詰まらせた。
確かに彼の言うとおり今さら気にしても仕方ない気がする……。
ヨルは苦笑したあと、真剣な表情で私を見た。
「俺だってお前に触れる男は許せない」
漆黒の瞳に見つめられて私は胸が高なってしまう。
彼から目が逸らせない。
「知ってるだろう?俺が嫉妬深いことぐらい。本当は陛下すらお前の隣に立つのが許せないと思っている。だけど事情が事情だからな。今は許しているだけだ」
「ヨル……」
「今でも思うんだ。もしあの時、俺がパシヴァールの騎士にならずにすぐお前を迎えに行っていたらお前は俺のことを選んでくれていたんじゃないかって。後悔してもどうしょうもないのにな…」
彼の言葉を聞いて私は胸が苦しくなる。
少し前の私ならきっと彼と同じことを思っていた。
屋敷での辛い毎日の中耐え続けて、彼が来るのを待ち続けていた。
きっといつか迎えに来てくれる。
そう信じて少しも疑わなかった。
だけどそれは違う。
私は彼に自分の全てを預けていた。
自分の力で自分の置かれた立場、状況を変えようとせず、ただただ彼に押し付けていた。
弱かった私。
今はあの頃のままが良かったなんて思わない。
運命は自分で変えられるのだと気づいたのだから。
「私は騎士になったヨルと出会って良かったのだと思ってるよ」
私の言葉に驚くヨルに私は優しく微笑を浮かべて話す。
「昔の私は弱かった。私はあなたに縋っていた。困ったことがあればヨルが助けてくれる、好きだったあなたが迎えに来てくれるってずっと思っていた。だけどそれだけじゃあ駄目なのよ」
私は一度言葉を切り、続けた。
「好意を持っている相手と対等になりたいのなら一方的に縋ってはいけない。自分自身の力で変わっていかなければいけない。私はあなたと再開してそのことに気づいた。だから私は今のあなたと会えて良かったと思っている。後悔なんてしてない」
風がサァーと吹き抜ける。
ヨルは私の顔を見てキョトンとしていたが、すぐにぷっと吹き出すように笑った。
「お前は相変わらずだな」
「ちょっと何も笑うことないでしょう!」
不機嫌な顔で言い返す私に彼は柔らかい表情を向ける。
「悪い、悪い。でもお前らしいと思うよ。お前は昔からそんな奴だもんな」
私はそんな彼の顔を見て苦笑する。
ヨルといると居心地が良い。
この気持ちが恋に近いものだと知っているが、別の感情が芽生えているのも感じている。
ヨルには幸せになって欲しい。
どんな時でも彼は私の傍にいてくれた。
だからいつか彼に返していきたい。
でもそれがヨルの恋人となることには繋がらない。
だって彼は私が彼を心から愛することを願っている。
いまのままの中途半端な気持ちではなくて。
今は良く分からない。
迷ってしまっている。
だけど今だけは、この瞬間だけはヨルとこのままでいたい。
そう願ってしまった…────。
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用事を終えたエリオットは園庭を一人散歩していた。
用事は大したことはなく、パシヴァールとユージニスの商品の商談の確認だった。
父親である国王はエリオットにパシヴァールに会談に行くのなら商談の確認をしてくるように命じた。
本来ならば国の使徒でこと足りるが商品が商品だ。
父親としても最新の注意を払っておきたかったのかもしれない。
気持ちは分からないでもないが…。
(なぜ…あのようなことをしたのだろうか…)
アリスから裁縫を教えて貰っていた時、つい彼女に触れてしまった。
彼女はこの国の国王陛下の婚約者なのにだ。
最初エリオットは友人であるクラリスからアリスをこの国から追い出すようにお願いをされていた。
アリスが国王陛下を誑かして婚約者の座に納まっていることが理由しかった。
可憐で他人想いのクラリスが嘘をつくはずがない。
内心ではどのような悪女なのかと身構えていた。
しかし実際の彼女は悪女ではなかった。
ただ国王陛下に溺愛されている婚約者に見えたが彼女はエリオットがわざと水を浴びせた侍女を庇い、料理が口に合わないと言えば料理を自らの手で作り直して出てきた。
面白い女だと感じた。
貴族令嬢だときいていたが他の令嬢ならば侍女が失態をすれば簡単に切り捨てるはずだ。
自分が一番可愛いのだから。
しかし、彼女はそうはしなかった。
それだけでもアリスはエリオットの興味を引いた。
エリオットの周囲にはいないタイプの女性だったからだ。
さらに彼女はエリオットの妹が喜ぶようにと自ら縫いぐるみ作りを伝授してくれるのだと言った。
妹シルの本当に喜ぶものはエリオットが作った手作りの縫いぐるみだと言って。
本当に変わった令嬢だ。
それにエリオットは妹との思い出を誰かに話したことがなかった。
自分の手先が不器用なことなど何も面白みがない話だ。
だけどアリスには不思議と話してしまった。
何故彼女に話したのか自分でも分からない。
彼女はきっと受け入れてくれる。
そんな気がしたのだ。
(僕は彼女を気に入っているのか…?)