彼は私の肩を抱き、「行くぞ」と告げてその場を歩き出そうとした。
「ちょっと待って下さい!お兄様!!」
クラリス様は癇癪を起こすように強く叫ぶ。
「どうして、どうして私の言うことを信じてくれないの!その女は男を手玉に取る売女なのよ!私の言うことが全て正しいの!なのに、なのに何故信じてくれないのよ!!」
クラリス様は取り乱すように髪を掻き、激しく動揺した表情で叫ぶ。
侍女達は彼女の姿を見て驚きの余りに声が出なかった。
彼は彼女に一瞥した。
「前にも警告したはずだ。私の婚約者に手を出すなと。お前は警告を聞かず二度も私の婚約者を貶めようとした。それ相応の償いは受けてもらうぞ」
そう告げるとクライド様は私連れてその場を後にした。
部屋を出ると彼はすぐ近くにいた侍女に私を着替えさせるように告げた。
私は侍女に連れられて別室でクリーム塗れになったドレスを脱ぎ、新しいドレスへと着替える。
クライド様の圧力なのか侍女は私に嫌味を言うこともなくただ黙って仕事をこなしていた。
気まずい空気が流れる。
「出来ました」
「ありがとう…」
着替え終わった私は気まずさに耐えかねてすぐに部屋を出る。
「終わったか…」
「クライド様!」
部屋のドアの前に背を預けながらクライド様が私を待っていた。
「お前を待っていた。少し歩きながら話そう」
「はい…」
私は彼に小さく頷き、彼と二人並びながら廊下を歩き出した。
誰もいない廊下を彼と二人で歩く。
クライド様は静かに私に話し掛けてきた。
「すまなかった…」
突然、ぽつりと言うクライド様に私は慌てて答えた。
「そ、そんなクライド様のせいではありません…」
「いや、これは私の監督不行届だ。お前がこのような噂を流され、他の者がお前に理不尽な扱いをするとは…」
憎しみを顕にした表情で言うクライド様に私は彼の様子を伺うように訊ねた。
「クライド様は私のことを信じて下さっているのですか?」
「そのようなこと口にしなくともわかるだろう。お前が私に黙って不貞を働く…そのようなこと有り得るはずがない…」
「クライド様…」
信じてくれていた。
その想いだけが何故だか私の心を満たしていくようだった。
「あの…お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「エリオット様は大丈夫なのでしょうか?仕事でこの国に来られたのに私と噂になってしまって…。王族の方々や貴族達に心証が悪くなれたりはされないでしょうか?」
「他人のことより自分のことを心配しろ」
クライド様はため息をつき、静かに話し始めた。
「エリオット·ユージニスに対する扱いは何も変わっていない。奴はあくまでもこの国の客人だ。ユージニス国と取引が無くなってしまえば我が国の利益に関わるからな。だから貴族達は黙っている。お前との不貞の噂はあくまでも噂に過ぎない。確かなる証拠も無いのに騒ぎ立てる者はいないだろう」
「そうなのですね…」
「だからこそ、今回の件はお前に矛先が向いたのだろう。お前には黙っていたが私とお前の結婚に一部の貴族が反対しているからな。家柄で王族と釣り合いが取れないお前を側室にして、他の貴族の娘を正室にと声が上がっているが私はそのようなものは望まない」
彼は一度言葉を切り、そして再び続けた。
「王はこの私だ。私は誰の指図も受けない」
クライド様は私の手を取り、私を心配するような表情で見つめた。
彼の顔を見て私は思わずドキリとしてしまう。
「お前がこのような扱いを受けているのは我慢ならない。私がお前を虐げた者達に対して罰を下す」
彼の瞳から私のことを心配しての言葉だと理解した。
きっと彼は私を護ってくれる。
噂だってすぐに収まるだろう。
私はこれまで通り何事もなく過ごせるはずだ。
だけど護られてばかりではいられない。
「私は平気です」
「しかし…」
「きっとエリオット様の誤解を解けば噂も収まりますし、酷い扱いを受けなくなります。私は自分の力で彼の誤解を解きたいと思います」
きっと自分の力で誤解を解かなければエリオット様の誤解は解けないだろう。
何故彼が私を蔑み、誤解したのか分からない。
だけど彼は根は優しい人なのだと思う。
でなければ、あのような優しい顔をして妹の為にプレゼントを作ったりなんてしないから。
私はクライド様に柔らかい表情をして見つめた。
「だから私のことを信じてくれますか?」
彼は私のことを見たあと、小さく苦笑した。
「わかった。お前を信じる」
「ありがとうございます」
私は彼に笑って言ったのだった。