(やっぱり…。この件はクラリス様が関わっていたのね……)
彼女の話を聞いて私は自然と腑に落ちた。
クラリス様とエリオット様のお二人がどのような関係なのか分からないけど…。
エリオット様と私の噂話が王宮内に広まるのはあまりにも早すぎると感じていた。
噂好きの侍女が広めたとしても落ちぶれた家名の貴族で、国王陛下の婚約者である私を堂々と陰口を叩き、虐げる行為を行うことは怖いもの知らずといってもいいところだ。
国王陛下の婚約者に手を出すということは国王陛下を侮辱すると同じこと。
本来ならば陰口は叩くものの手を出さない。
だけど彼女達は私に手を出した。
それは強力な後ろ盾があったからだ。
第1王女であるクラリス様が私を憎んでいるのならば例え国王陛下の婚約者であろうとも手を出しても問題はない。
何故ならば彼女は王族で慈悲深い王女だといわれているのだから。
「失礼なのですが、シル王女とクラリス様はどのようなご関係なのでしょうか?」
「私はクラリスとは特に接点があまりなく、兄の友人ということしか…。会話もあまりしたことがないくらいなのです。ですから今回彼女から手紙を貰った時は驚きました。まさかあのような内容を書かれているとは…」
「内容を伺っても宜しいでしょうか?」
「はい…」
シル王女は静かに話し始めた。
「お兄様は悪女である国王陛下の婚約者アリス様に色仕掛けで迫られていて、パシヴァールだけではなく、ユージニス国も手に入れようとしている。お兄様が完全にアリス様の手に落ちる前にエリオット様を助けて下さい…そう手紙には書かれていたのです」
「そ、そうですか…」
私は呆れながら溜息をついた。
私が悪女?
とんだ言いがかりだ。
悪女なら間違いなくクラリス様の方だ。
自分の兄から私を引き離す為に貴族の遊び人の男性に私を襲わせようとしたり、命を狙い、さらに隣国の王太子まで使って私を陥れようとする始末。
本当に呆れてしまう。
その悪知恵をもっと別のことに使えば良いのにとさえ思ってしまう。
「あ、でも…アリス様とお話を致しまして本当にあなたが悪女とは違うと理解しました。そのアリス様は素直な方ですので…」
(目を逸らされながら言われてる…。でもたしかに悪女だったら自分から処女だって言わないわよね…。だってそんなの恥ずかしすぎるんだもの……)
シル様は私の顔を見て、そして頭を下げた。
「アリス様…。大騒ぎをして、あなたに失礼なことを言ってしまい、大変申し訳ございませんでした……」
シル様の姿を目にして私は彼女もエリオット様と同じなのだと思った。
自分に非があり、悪いと思ったらすぐに謝罪の言葉を口にする。
王族の中で彼女達のように素直に口にする王族はあまりいないはずだ。
王族にはプライドが高い者が多い。
同じ立場の者、または自分より地位が高い者に対して口にすることはあっても、決して庶民達にはしないだろう。
庶民にそのようなことをすれば王族としての品格が疑われてしまうのだ。
だけど彼女達から傲慢さなどは微塵もなく、ただただ相手と対等でいようとしている。
その意思が伝わってくるようだった。
「顔を上げて下さい」
悲しそうに顔を上げるシル王女に私はシル王女にニコッと微笑んだ。
「私は気にしていません。こうやって誤解が解けましたし、あなたは謝って、自分の気持ちを私に伝えてくれました。それだけで私は満足です」
「アリス様…」
シル様はうるっとし、瞳に涙を溜めていた。
ど、どうしょう…。
私変なこと言ってしまったのかしら…。
それとも不愉快なことを。
私は慌ててシル様に訊ねる。
「シル様…。私、何か不愉快なことを…」
「いえ、違います」
シル様はふるふると静かに首を振った。
「私、このようなことを言われたのは初めてなのです。私がいつも失敗すると周囲の人は怒ったり、呆れた顔ばかりで。お兄様以外に私を優しくしてくれる人がいたなんて。嬉しくて涙が…」
もしかしてシル様は色々あったのかもしれない。
彼女は王女という立場の前に14歳の少女だ。
自分の味方がエリオットしかいなかったのなら当然彼にすがるしかなかったのだろう。
だからこそ彼が私に騙されているという話を聞いて、慌てて私の元に来たのだったら納得できる。
さすがに他国まで乗り込んでくるのは行動的だが……。
「シル様。私たち友達になりませんか?」
「えっ…?」
私の言葉にシル様は驚いた表情をした。
そんな彼女に私は言った。
「実は私、お恥ずかしながら王宮で友達がいないのです。だからシル様が友達になってくれたら嬉しいなぁと思いまして…」
「でも、私はあなたに失礼なことをしたのですよ。そんな私があなたの友人に相応しいとは思えないです」
「相応しいとか、相応しくないとか、そんなことはどうでも良いです。素直に自分の思いを伝えて、自分に非があるのなら誠意を込めて謝罪する。相手が誰であろうとも。そんな素直なあなたを私が好きになってしまった。あなたと一緒にいたいと思ってしまった。それだけの理由ではダメですか?」
「アリス様…」
シル様は泣き出してしまい、嗚咽混じりに言った。
「あ…ありがとうございます」
そんな彼女を見て私は愛しさを感じて思わず抱きしめた。
私はシル様の背中を優しく撫でて彼女が落ち着くまで慰めたのだった。