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第81話 彼の誤解

暫くして。

落ち着きを取り戻したシル様と私はカミラが淹れた紅茶を飲んだ。

今日の紅茶は紅茶の中に輪切りのオレンジがはいったもの。

柑橘の香りと甘さが絶妙な味を醸し出していた。


「先程は失礼致しました」

「いえいえ。そんな大丈夫ですよ」


謝るシル様に私は微笑んで答える。

私は手に持っていたティーカップをソーサーの上に置き、シル様に視線を向けた。


「実はシル様にお願いがあるのです」

「私に…ですか?」


私の言葉にシル様は緊張した面持ちをして姿勢を正す。


「エリオット様は私は国王陛下の婚約者だとありながら、他の男性を手玉に取る悪女だと誤解しているのです。現に私の護衛騎士と私が只らぬ関係だと思い、彼は私が国王陛下を裏切って不定を働いたと勘違いをしているのです。おそらくですが…エリオット様はご友人のクラリス様の兄が私に騙されていると思い、不快に感じられているかもしれません…」


私は一度言葉を切り、続けた。


「エリオット様の誤解を解きたいと思って、彼に会いに行っても避けられたり、部屋に居なかったりされることが多くて…。もし良かったらシル様の力をお借りしたいと思いまして…」


「それは構いませんが…。どうしてお兄様は国王陛下の婚約者のアリス様が自分の護衛騎士と只らぬ関係になっていることに対して怒っているのかしら?」


「えっ?」


間の抜けた声を出す私に対してシル様は否定するように慌てて手を振った。


「ち、違いますよ!アリス様のことを否定している訳でもなくって、もちろんアリス様が不貞をしているなんて思っていませんよ!」


シル様は口元に手を当てて考えるように疑問を口にする。


「アリス様が国王陛下と婚姻を交わそうが、護衛騎士様と仲良くしようとされようが、それはお兄様には関係ないこと。当事者でもない人が口を出す権利はありません。ましては他国の国王の婚約者の方に対して。でもお兄様…勘違いなところがあるからなぁ…」


「あのシル様……」


何やらブツブツと言っているシル様に思わず声を掛ける。

そんな私に彼女は優しく微笑んだ。


「分かりました。協力します。あの勘違い兄の誤解を解きましょう」


こうして私は隣国の第一王女と友人になると同時に味方を手に入れたのだった。


****


エリオットは自室で書類を見ていた。


「外交問題はこれで上手くいったか…。あとは国に戻って報告するだけだな」


ユージニスとパシヴァールとの条約会談は成功した。

自分がこの国に来た目的は無事に果たされた。

あとは国に戻って国王に報告すれば良い。

国王である父はパシヴァールとユージニス国の外交に力を入れているのだから、きっとこの結果は父が望むような結果に出来たはずだ。


(あとは、クラリスとの約束の件だが…こっちは一筋縄ではいかなさそうだ)


エリオットは侍女達が自分とアリスのことについて噂を広めていることを知っていた。

彼は誤解を解く訳でもなく、知ってて放置したのだ。

このままアリスが不貞を働いたとなれば、何れクライドとアリスの婚約は解消される。

そうなればクラリスとの約束を果たしたことと同じだ。


「それにしても…どうして、こんなに気になるんだ…」


エリオットは顔を歪め、前髪を掻き上げる。

いつもならば他の令嬢の言動には興味がなく、無視していた。

だが自分と噂になってからエリオットはアリスの言動を気にしてしまう。

彼女は噂に対して気にした素振りをせず、一人で耐え続けながら凛としていた。

泣いて、誰かにすがって、噂をやめるようにクライドに言えば言いものの彼女はそれすらもやらなかった。


(なぜ、彼女のことばかり考えるんだ…。

彼女はこの国の国王陛下の婚約者なんだぞ。それにこの僕が誰かに本気になるわけない)


エリオットに言いよってきた令嬢は今まで数え切れないほどいた。

全ては自分の顔と権力目当てでエリオット自身を見てくれる人なんていなかった。

だからだろうか…。

妹であるシルのプレゼントを選ぶ時、アリスは真剣にシルのことを思い、自分を王太子とではなく、ただのエリオットとして見てくれた。

そのことに彼は居心地の良さを覚えたのだ。


この気持ちが恋なのか、一時的の気の迷いなのか分からない。

ただ分かるのは自分の気持ちを彼は持て余していた。


コンコン。


ドアをノックする音がした。

エリオットは「どうぞ」と短く返事をしたあと、キィ…とドアが開かれた。


「またか…」彼はため息をついた。

最近アリスがエリオットを尋ねて来ることが多かった。

言わなくても内容は理解している。

だがエリオットはアリスと話したくなく、彼女が来たらいつも追い出していた。


また、どうせ彼女だろう。

面倒臭い。

こっ酷く追い出してやろう。

そう思い、振り向いた時、目の前には愛しの妹がその場に立っていた。




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