「何でこの私がこんな目に合わなきゃなんないのよ!」
クラリスは乱暴にトランクを壁に投げつけた。
強い衝撃でトランクの中身が開き、服が床に散らばった。
クラリスが今いるのは街外れにある小さな家だった。
王宮で過ごしてきた部屋に比べたら四分の一程度。庶民が暮らす家とさほど変らない。
一人で暮らして行ける程度の家具は一通り揃っており、金銭も当分は心配ない。
しかし王女として今まで生きてきた彼女にとって庶民と同じ暮らしを強いられるのはプライドの高いクラリスには屈辱でしかなかった。
「私はただお兄様が欲しかっただけなのに。どうして私が!こんなの屈辱以外の何でもないわ!!」
あの後。
クラリスはアリスの名誉を大いに傷つけ、それに隣国の王太子を騙して利用しようとした事実が露見したことによって、クラリスは国から追放された。
今彼女はパシヴァールと隣国の国境の間にある街外れの森に近い家で暮らしていた。
本来ならば侍女の一人は連れて行くことは可能だったはずだが、彼女の本性が周囲にバレてしまってからは誰もクラリスに着いて行く者は一人もいなかった。
元王女ということもあって、当面の間は衣食住には困らないようにされているのだが、それも金が尽きては同じこと。
何れは自分で働いて食べていかなければならない。
だが今までクラリスは王族として生きてきた。
自分が庶民のように働くことなんてとても考えられない。
「どうしてよ!全部、全部、全部あの女のせいよ!!あの女のせいで、私は…」
彼女の目からポロッと一筋の涙が溢れ落ちる。
それは次第に大粒な涙となって、彼女は嗚咽混じりにその場に崩れて泣いてしまう。
いくら後悔しても憎んでも、時間は巻き戻ることは出来ないし、今の自分には何の力も無い。
ただただ無力だ。
一つ理解したことといえば兄の逆鱗に触れてしまった。
それだけ。
クラリスは何も出来ず、その場で打ちひしがれるほかなかったのだった。
****
三日後。
体調が回復した私はカミラからクラリス様が追放されたことを聞かされた。
彼女が追放されたのは今回のことが原因だった。
今まで彼女は私を国から追い出すために裏で色々動いていた。
それも証拠も残さずに。
だが今回ユージニス国の王太子エリオット様、シル様を使って私を国王陛下の婚約者として失墜させる為にお二人を利用した。
それが決定的な証拠となり、彼女を言い逃れできない状況にさせた。
結果クライド様は彼女に王位継承権を剥奪させて国から追い出した。
自業自得といえばそれまでだ。
これまで忙しい日々が続いていた為、私は今自室で本を読みながら平和に過ごしている。
私はテーブルに置いてあるティーカップを手に取り、紅茶を飲みながら本を読む。
こんなに穏やかな気持ちになったのは何時ぶりなんだろう。
最近は色々あったから。
コンコン。
部屋のドアをノックする音がした。
「アリス様。少し宜しいでしょうか?」
声の主はヨルだ。
かしこまった口調で告げて来るということは、もしかして誰かと一緒にいるのかもしれない。
私はすぐ彼に返事をした。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋の中にヨルと一緒に一人の騎士姿の女性が入って来た。
桜色の髪を編み込みで1つに纏めあげ、紫のツリ目に気高く、凛とした美しい女性だった。
騎士団に女性がいると少しだけ噂で聞いたことがあったがまさか会えるとは思ってもみなかった。
「アリス様。本日より私は国王陛下のご命令で国王陛下の専属騎士に戻ることとなりました。つきましては今後彼女がアリス様の護衛騎士を努めさせて頂きます」
「初めまして、アリス様。ご紹介にあがりました通り、本日アリス様の護衛騎士の任を任されたアストレア·ウィズと申します。至らない点があるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
「アリス·フィールドです。こちらこそ宜しくお願い致します」
挨拶を交わす私にアストレアさんは微笑んだ。
私は思わず彼女の美しい微笑みに魅入ってしまう。
同じ女の私でも溜息をつきたくなる程の美しさだと感じた。
「アストレア。私はアリス様と話をして来る。お前は先に行け」
「承知致しました。では、アリス様。また後から来ますので」
「ええ…」
アストレアさんは私に軽く頭を下げて部屋から出て行った。
ヨルは軽く溜息をつき、私の方へと向き直る。
「急に驚かせて悪かったな」
いつもの彼口に戻る彼に私は首をふるふると振った。
「大丈夫よ。それよりヨルが急に改まって話し始めたから、びっくりしちゃた」
「仕方ないだろう。一応これでも俺アイツの上司なんだし、ビシッとした姿みせとかねーと、格好つかないからさ」
「ヨルでもそう思うのね」
クスクスと笑う私にヨルは拗ねたように「そういうもんだよ」と素っ気なく返す。
そしてヨルは私に申し訳なそうな顔をした。
「何も言わずに急に結果報告だけになってしまって悪かったな。本当は事前にお前に話しておきたかったが…」
「大丈夫だよ。ヨルだって急に言われたんでしょう?」