「ああ。急に国王陛下に言われてな」
ヨルは呆れたような表情をしながら言葉を続けた。
「本当は俺も最後までお前の護衛をやりたかったんだけどさ、もうクラリスも追放されたことだし、当面は安全なはずだ。それにアストレアは騎士団の中でも隊長の次に腕が良い。お前のことを安心して任せれる」
「少し寂しくなちゃうけど今まで傍にいてくれてありがとう。ヨルもクライド様の護衛頑張ってね」
「おい、根性の別れみたいに言うんじゃねーよ。王宮ではいつも会えるだろうが」
「そうだね」
「アリス。最後にご褒美くれないか?」
「えっ…?でも私、あげれるものって何もないよ」
戸惑う私にヨルは私の腕を掴み、顔を近づけた。
キスされてしまう!
思わず身構えてしまう私に対してあと三ミリの距離でヨルはとまった。
「冗談だよ。ばーか」
「へっ…?」
間の抜けた顔をする私にヨルは私の頬を軽くつねった。
「少しからかっただけだよ」
頬から手を離して悪戯混じりに彼は笑った。
「もう~~~!!人を何だと思ってるの!」
不機嫌な顔をする私にヨルは軽く笑ったあと、真剣な顔で私に告げた。
「もう、手加減しないからな」
「それって…」
彼の言っている意味を理解した私は思わず顔を赤くしてしまう。
ヨルは今まで私に自分の想いを告げてくれていた。
手加減しないということは今まで彼は私に合わせて加減をしてくれていたわけであって、これから本気で落としに掛る。
そう言っているのだ。
「それじゃあ、俺はそろそろ戻るから」
ヨルは部屋を出て行き、パタンと静かにドアが閉まる音がした。
顔の熱はまだ引く気配はない。
暫く私はそのままでいるしかなかった。
****
昼下がり。
私はアストレアさんと一緒に庭園にある温室の方に向かっていた。
私は後ろを歩くアストレアさんに声を掛ける。
「アストレアさん、私の隣に来ませんか?」
「いえ、私はアリス様の護衛騎士です。そのようなことは出来ません」
キッパリと彼女に断られてしまい、暫く二人の間に無言が続く。
ヨルが私の護衛騎士をやっている時、二人きりの時だけ彼は私の隣を歩いてくれた。
あれは彼の優しさだったかもしれない。
そういえば…アストレアさんはヨルの部下だと言っていた。
挨拶をしに来た時、二人のやり取りを見ていたが上司と部下というよりも何だか気安い関係に見えてしまった。
腹の底から不快感を感じるようなモヤモヤした感じがした。
(どうして、こんな気持ちになるんだろう…。私には関係ないはずのに…)
「アリス様はヨルさんと以前からお知り合いなのですよね」
「え、ええ…そうですけど…」
「ヨルさんって昔から人使い荒すぎませんか?私、良くヨルさんから小間使いのように扱われるのですよ」
「そうなの…?」
「そうですよ!この前も珍しく仕事が終わった私に暇そうだから下町に行って、ストロベリーパイを買って来いってパシられたんですよ!酷いと思いません?」
「ふふっ。ヨルらしいわね…」
私は昔のことを思い出して笑ってしまった。
あまりにも昔と同じことをしていたから。
私はハッとなり、慌ててアストレアさんに謝罪した。
「ごめんなさい。笑ったりして…。でも悪気は無くって…ヨルがあまりにも昔と同じで、私も彼から同じようなことをされたからつい…」
アストレアさんは優しくふっと笑った。
「大丈夫です。分かってますので」
私は彼女の顔を見て柔らかい表情を浮かべた。
「でも、アストレアさんも貰ったでしょう?ヨルから。ヨルって買いに行かせたあと、お礼として一つくれるから」
「ええ。ストロベリーパイって私初めて食べたのですが、甘酸っぱくってとても美味しかったです」
「私も好きなんですよ」
アストレアさんと話していると同年代の友人と話しているようだった。
シル様とは友人だが彼女は妹という立ち位置に近いような気がする。
それにアストレアさんにはヨルと同じような気安さがあった。
一緒に話して楽しい。
そんな気持ちを抱いた。
「アリス様は貴族の方と聞き及んでいますが、話やすくて、真面目な方なのですね。私、アリス様のことを気に入りました」
「あ、ありがとうございます…」
面と面向かって女性からそんなことを言われたのは初めてで思わず、私は照れてしまう。
そんな私にアストレアさんは優しい顔を向けた。
「では、行きましょうか。アリス様」
「はい」
私は彼女に頷き、その場を歩き出したのだった。
温室に辿り着き、室内の中に足を踏み入れた。
温室の中は様々な美しい花や薬草などがあった。
どれも初めて見るものばかりだ。
「ここで管理されている花達はどれも珍しいものが多くあるのですね」
「はい。ここは薔薇や他の花の品種改良も行っておりますので、それで珍しい花なども多いかと思います」
(薔薇の品種改良なんて初めて聞くわね。ここではそんなことをしているんだ…)
クライド様が許可をしたのかもしれない。
もし、花の品種改良に成功したのなら美しいものを好む王族に気に入られるかもしれないし、何より貴族向けの商売として成り立つかもしれない。
「アリス様!!」