私はアストレアさんに一言お礼を言って、彼女が淹れてくれたアネルの花のお茶を一口飲む。
口の中にふわりとした花の香りとちょうど良い密の甘さが口の中に広がる。
あまりの美味しさに思わずほっとしてしまう。
「美味しいです」
「良かった。お口に合って」
ティーカップを手に持ち、はぁとため息をつきながらシル様は少しだけ残念そうに言った。
「とても美味しくて、素敵なお茶なのに…。このでしか飲めないなんて、ちょっぴり残念ですわ。ユージニスではこんな素敵なもの飲めないんだもの」
「また是非、パシヴァールに来られた際はこちらの温室で一緒にお茶しましょう」
「ええ。楽しみにしています」
シル様はふわりと笑った。
正直、私がクライド様の婚約者としてまだ王宮にいるかどうかなんて分からないけれど、このくらいの約束は許されるかもしれない。
そう思ってしまった。
「そういえば…シル様はいつ国に戻られるご予定なのですか?」
「明後日にはユージニスには戻る予定です」
「そうですか…。寂しくなりますね」
色々あったけれどエリオット様、シル様の二人がいなくなると城内は静かになるだろう。
特にエリオット様は好奇心が強い方で気になるものを見つけては実際手を触れて確かめるところがある。
まるで子供のような方だ。
「時にアリス様…」
シル様は私に顔をずいっと近づけた。
「あ、あの顔が近いです…」
「あら、ごめんなさい。これから話すことに対して、つい前のめりになってしまいました」
(一体…何を話すのだろう…)
シル様はゴホンと軽く咳払いをしたあと、キラキラした目をして私に言った。
「お兄様から何かお誘いとかされなかったかしら?例えばデートとか、求婚とか?」
「えっ!」
シル様の言葉に私は驚く。
「そ、そんなことされるわけありませんよ!第一私はクライド様の婚約者ですし、それにシル様だってエリオット様に婚約者が現れたらお嫌なのでしょう?」
そうだ。
元を正せば彼女は自分の兄に他の女性が色目を使うのを嫌う。
私がエリオット様を誑かしていると勘違いして自国から慌てて隣国に来るくらいなのだ。
余程自分の兄に対して独占欲が強いブラコンだ。
「私、お相手がアリス様なら許せます。それ以外の女性は許せません。どんなに地位が高く、美しくともです」
「あの…どうして私なのでしょうか?」
「だってアリス様はお優しいうえに人の気持ちを大事にするお方でしょう?それに私を王族としてではなく、ただ一人の女として私を見てくれる。それが私にとっては嬉しいのです」
「シル様…」
「それに…アリス様、本当は国王陛下と別にあなたの元護衛騎士様の間で本当は悩まれているのではありませんか?」
「そんなことは…」
私は慌てて彼女に誤魔化す。
顔に出てしまっていたのだろうか…。
私の周囲の人達からは薄々気づいている反応をされたことはあるが、まさかシル様にまで気づかれてしまっているとは…。
ヨルから昔私は顔に出やすいと言われたことがあったのだけど、これは気をつけないと…。
「隠さなくても大丈夫です。私はアリス様の味方です。それに…」
シル様は一度言葉を切り、そして笑って言った。
「国王陛下達がどういう人なのかまだ分かりませんが、お兄様は優良物件ですよ。確かに自由奔放なところはありますが、気に入ったものになると絶対に手放さない。溺愛してくれます!妹のこの私が保証しますので」
「でも、私は…」
「覚悟した方が良いですよ。お兄様は間違いなくアリス様を気に入ってますので」
「そうですか。はは…」
私はシル様に対して苦笑した。
まさか、あのエリオット様が私を気に入るはずがない。
相手は隣国の王族だ。
私を気に入ったところで利益は生まれなしい、それよりも国の為にクライド様と親睦を深めた方が余程利益に繋がるはずだ。
「アリス様、シル王女。お茶のお代わりは如何でしょうか?今度は別の花のお茶を淹れさせて頂きます」
「ありがとうございます。では、お願いします」
私はアストレアさんにそう言ったのだった。