夕方。
アストレアは一人渡り廊下を歩いていた。
今アストレアが歩いている渡り廊下は王宮と離宮を繋ぐとされている特別な渡り廊下だった。
離宮にはクライドの母親である前王妃が以前住んでおり、離宮の周囲には様々な色の花が飾られていた。
この渡り廊下から離宮に続く道が見えており、そこには花が植えられている。
花の道だといわれていた。
全王妃が他界してから今は誰も離宮に住んでいない。
だが手入れだけはしっかりとされている。
誰が住んでも構わないように。
それにアストレアは離宮に続く花の道を夕方の渡り廊下から眺めるのが昔から好きだった。
夕日に照らされてキラキラと輝く花達はまるで魔法に掛かったように美しく、眺めているだけで不思議と心を癒されるようだった。
(綺麗…)
最近仕事でバタバタしていたせいで、こうやってゆっくりと花を愛でる時間がなかった。
彼女は騎士で男勝りな性格からか剣を振ることが得意であり、身体を動かすことを好んでいるが花を愛でることも好きだった。
アストレアは和やかな気持ちで花を愛でる中でふと視線を遠くに向けた。
するとそこにはヨルがいた。
アストレアは立ち上がり、ヨルに声を掛けようとする。
しかし、彼の目線の先にはアリスがいた。
アリスはヨルに気付かずに侍女のカミラと一緒に図書室へと向かっているようだった。
ヨルは切ない表情でアリスの姿をただ黙って眺めていた。
彼を見てアストレアは直感的に悟った。
ああ…。彼は彼女が好きなんだと。
アストレアにとってヨルは同じ騎士で上司であり、先輩だ。
だけどそれ以上にアストレアもまたヨルに好意を抱いていた。
恋はしないと決めた。
だからこそ騎士になって女だからといって誰からでも侮られず、男性にも負けない絶対的な強さを身につけようとした。
だけど彼を愛してしまった。
ヨルは他の男性達と違ってアストレアを決して女性だからといって蔑まずに同じ騎士として、一人の人間として見てくれる。
それだけでアストレアは救われていた。
ヨルとアリスは幼なじみだ。
それも没落貴族令嬢と貧民街から成り上がった騎士。
庶民達が好みそうなロマンス小説の主人公のような二人。
アリスはアストレアと違い、外見は護ってあげたくなるような華奢で繊細な女性だが、あの悪女であったクラリス王女にも負けずに隣国の王太子相手に困っていた侍女を庇い、助けたといった行動力を持っている。
他の貴族令嬢ならば見て見ぬふりをするところをアリスは自分の信じる正義感で行動し、救って来た。
ヨルが彼女を選ぶ理由も理解できる。
自分よりも彼女が彼の隣には相応しい。
ズキンと胸の奥が痛むような気がした。
だけどそれよりもアストレアはヨルにあんな顔をして欲しくないと思ってしまった。
好きな人には幸せになって欲しい。
たとえ自分が選ばれなくとも。
「そうよ…。私があの二人をくっつければ良いんだわ…」
アリスはクライドの婚約者だ。
だけどまだ婚約者という立場であって現に王妃ではない。
それはいつでも婚約破棄が可能ということだ。
クライドはアリスが婚約者となったことで以前より丸くなってきたといわれている。
だが、そんなことはアストレアには関係ない。
ヨルとアリスの二人は幼い頃から想い合っている可能性がある。
現にアストレアはアリスがヨルと話すとき、心做しか嬉しそうにしていた姿を目にしたことがあった。
互いが互いを想いあっているのならば絶対に結ばれるべきだ。
その為ならば自分は彼等の力になろう。
アストレアはそう決意する。
(まずは作戦を練らないとね)
アストレアはそう思い、その場から歩き出したのだった。