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3. 雇ってもらいます

3. 雇ってもらいます




  「いやぁ良かったね!村長に許可をもらえて!」


 エイミーは、まるで自分の手柄のように胸を張った。村長さんの穏やかな笑顔と、温かい言葉がまだ心に残っている。宮廷でのあの冷たい仕打ちの後だったから、その優しさが身に染みた。


「ええ、本当にありがとう。あの、ところで……さっき『雇う』って言ってたけど、エイミーの雇うって、具体的にはどんなこと?私は何をすればいいの?」


「え?決まってるじゃん!『なんでも屋』だよ?お姉さんは魔法使えるんでしょ?」


 エイミーは首を傾げた。『なんでも屋』?正直、初めて聞く言葉だった。そして魔法がその『なんでも屋』とどう関係があるのか全く見当がつかなかった。


 疑問に思ったので詳しく聞いてみると、エイミーの説明はこうだった。何でも屋とは、その名の通り、村の人々や、時には外からの依頼を受けて、様々な雑用や困り事をこなす便利屋のようなものらしい。


 例えば、庭掃除、買い物代行、重い荷物運びといった日常的な頼まれ事から、護衛のような少し危険を伴う仕事まで、幅広い依頼を受けることがあるという。なるほどそういうことか。魔法が直接役立つかは分からないけれど、護衛の仕事なら多少は活かせるかもしれない。


「そういえばお姉さんの名前まだ聞いてなかったよね?あと、いくつなの?」


「私はアイリーン=アドネス。年齢は22よ」


「おぉ!私より6つも上だぁ!それなら、ルーシーと同い年だね!」


 ルーシー?また新しい名前が出てきた。エイミーの仲間に、他にも誰かいるのだろうか?私の思考が追いつかないうちに、エイミーはさらに目を輝かせながら、ぐいっと私の顔を覗き込んできた。近い!そして、またあの嫌な予感がする……


「アイリーンは、改めてよく見ても、やっぱりラディッシュだね!」


 出た。またラディッシュ。この子は一体、何なんだ!?どういう意味でそんなことを言うんだ?エイミーは私の困惑など全く気にせず、楽しそうに話を続けた。


「ラディッシュは美味しいよね!サラダにしてもよし!煮ても焼いても生でも食べれる、万能野菜!見た目はそこまで良くないけど、味は最高!まさにラディッシュ!私も大好き!」


「ちょっと!それはどういう意味よ!?」


 私は思わず声を荒げた。見た目がそこまで良くないってどういうことよ!それに、万能野菜だとか、味が最高だとか、私とどう関係があるの!?


「だってそうでしょ?今朝いきなり宮廷魔法士クビになって、路頭に迷っていたんだから。ラディッシュみたいにひょろっとしていて、頼りなさそうだもんね?」


 ……ぐうの音も出なかった。悔しいけれど、全くその通りだった。事実を突きつけられて何も言い返せない。確かに、今の私は道端に転がっていても誰も拾わないような、ひょろっとして頼りない存在に見えるのかもしれない。


 どうせ追い出されるくらいなら、朝礼の場で、私を陥れたあの最悪な貴族コンビ、エレイナとアストンをせめて一発くらい殴っておけばよかった。


 そんな後悔が今更ながら胸をよぎる。でもこの子、エイミーは一体何者なんだろう?こんなに遠慮なく失礼なことを言う子に会ったのは、本当に生まれて初めてだった。


 その純粋すぎるのか、それとも何かを見透かしているのか分からない瞳に私はただ圧倒されるばかりだった。


 その後、私はエイミーに連れられて、彼女の家に行くことにした。村長の家からそう遠くない場所にある、少し大きめの、けれど飾り気のない、木の温もりを感じさせる家だった。扉を開けて中に入ると、薪の燃える匂いと、温かい空気、そして美味しそうな料理の香りが私を迎えてくれた。


「お帰りなさいエイミー。あら?その人は?」


「ただいまー!ルーシー!見て見て、久しぶりの収穫だよ!ラディッシュみたいな元宮廷魔法士さん!」


 私の事をそう、またしてもラディッシュに例えて紹介するエイミーに、私は思わず顔を顰めたくなった。すると、エイミーの声を聞いて、家の奥から他にも3人の気配がした。やがて姿を現したのは、見た目はとても大柄で、がっしりとした体格の男性。その隣には、まるで小動物のように小柄で、ちょこちょことした動きが可愛らしい女の子。そして最後に、何かにおびえているかのように肩を竦めた気弱そうな雰囲気の男の子。皆、表情は穏やかで、優しそうな人たちだった。


「おお、新入りか?オレはレイダー。一応、この『なんでも屋』じゃ力仕事はオレが担当だ。よろしくな」


「はじめましてー!あたしはミリーナ!治癒魔法士だよ。よろしくねー!」


「ぼ、ボクはロイドと言います。魔法錬金ができます。よろしくお願いします……」


「そして私はルーシーよ。この『なんでも屋』の看板娘。よろしくね。」


「そして私がエイミー!この『なんでも屋』の代表で、裏の畑で野菜を作ってるの!凄いでしょ!」


 ………そうよね。なんとなくそんな気はしていたわよエイミー。それにしても、まさか『なんでも屋』の代表だとは。しかも野菜も作っているらしい。彼女の「ラディッシュ」発言の意味も、少し分かったような気がした。


 その自己紹介を聞きながら、私はエイミーたちの間の和やかな空気を肌で感じていた。互いに異なる特技や役割を持ちながら、対等な立場で協力し合っているのが見て取れる。なんというかとても自然体だった。地位とか、家柄とか、そういう面倒なしがらみを一切気にしていない。


 ただ人間として、仲間として、互いを認め合っている。そんな姿を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。なんて幸せそうなんだろう。色んな偏見や立場を気にせず、心から笑い合える関係って本当に素敵だと思う。


 だから、私はここで生きていこう。そう強く決意した。もう身分の差による理不尽な差別も、謂れのない偏見も、そんなものはもう沢山だ!


「私はアイリーン=アドネスです。元、宮廷魔法士でした。今朝、訳あってフローレンス王宮の宮廷魔法士をクビになり、路頭に迷っていたところをエイミーが拾ってくれました。あの……まだ良く分からないことだらけですけど、この『なんでも屋』で、皆さんの役に立てるように一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」


 私の言葉に、レイダーさんは豪快に笑い、ミリーナは「がんばろーね!」と手を振り、ロイド君は小さく頷き、ルーシーさんは優しい笑顔を向けてくれた。その温かい歓迎に、張りつめていた私の心は少しだけ緩んだ気がした。


 こうして私はあの華やかな王宮とは真逆のような、この山奥の小さな農村『ピースフル』で新しい生活を始めることになった。これからどんな日々が待っているのだろうか?宮廷魔法士としてではなく、『なんでも屋』の一員として働く日々。


 それは全く未知の世界だったけれど、怖いという気持ちよりも初めての暮らしに対する、かすかな楽しみをどこかに感じている自分に気がついた。

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