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5. 水不足解消します

5. 水不足解消します



 エイミーに引っ張られるがまま、私は村の中心にある広場へとやってきた。ここは村人たちの憩いの場である。中央には古い井戸があり、その傍らには二つの巨大な貯水タンクが並んでいる。なぜ私をこんな場所に連れてきたのだろう?


 広場には、1人の中年くらいの男性が立っていた。彼は貯水タンクの方を気にしているようで、その顔には深い疲労と心配の色が浮かんでいる。


「おじさんお待たせ!」


「おお、エイミー。その人がなんとかしてくれるのか?」


「うん!もちろん!私たち『なんでも屋』に任せて!」


 エイミーは胸を張り自信満々に答えた。何も聞かされてないのだけど!?一体何の話?エイミーは勝手に依頼を受けて、私を連れてきたの?これが噂のブラックな働き方というやつですか?私の内なる悲鳴をよそに男性は私に向き直った。


「お姉さん。あそこに大きな貯水タンクが2つあるだろ?最近、雨が降らなくて、この村の水が本当になくなりつつあるんだ。どうか助けてほしい」


 水……なるほど状況は理解したわ。この村は深刻な水不足に陥っていて、その解決を求めている。水を運んで来てくれということかしら?でもそれは……私の専門分野ではないような気もするけど。


「あの、水場まではどのくらい離れてるんですか?」


「かなり山を下らないといけないんだ。それが困ってる理由でね。大人の男が複数人いても、水場に行って、水を汲んで、ここまで戻って、というのを繰り返して、あの貯水タンク2つを満水にするには丸3日はかかってしまう。雨が降ればいいんだがな……」


「人手は多い方がいいよね?ね、アイリーン!私と一緒に運ぼう!100往復くらいすればイケるって!トマトみたいにパパっとやっちゃお!」


 はぁ!?今、なんて言ったのこの子?100往復?しかも、トマトみたいにパパっとってどういうことよ!トマトのように赤くなるまで頑張れってこと!?物理的に無理がありすぎるでしょ!頭の中で私の体が100回も山を上り下りするシミュレーションが始まり、思わず目眩がした。


 でも……村に水がないのは危機的状況だ。このままだと村のみんなが……


 少し考えてみる……私は周りを改めて確認し、足元の地面にそっと手を触れてみた。この地面から伝わってくる、微かだけれど確かな魔力の流れ。


 この村を取り囲む山全体の気配。なるほど。これならいけるかも。 私の中にある宮廷魔法士としての自信が、ふつふつと湧き上がってくるのを感じた。


 エイミーは、まだ100往復のプランに一人で盛り上がっている。その彼女に私は声をかけた。


「エイミー。張り切ってるところ悪いんだけど、レイダーさんを呼んできてくれない?あの貯水タンクに水を貯めるわ。ついでに、そこにある井戸、あとはそこら辺にある水路にも水を貯めてあげる……」


 私は、男性とエイミー、そして村の広場全体を見回しながら、きっぱりと言い切った。


「私の魔法でね?」


 これが、私の『なんでも屋』での初仕事になるのか。今まで、魔法は研究のため、あるいは護身のため、そして王宮での儀式や実演のために使ってきた。誰かのために、具体的な困り事を解決するために魔法を使うのは初めてだった。


 でも、村の人たちが困っているのを助けられるなら悪い気はしない。自分のやりたいことか……そう考えた時、この『なんでも屋』という場所も意外と悪くないかもしれない。


 私の言葉に、エイミーは一瞬きょとんとしていたが、すぐに私の顔に浮かんだ真剣な表情を見て頷いた。そして、風のように駆け出しレイダーさんを呼びに行った。それからすぐに、エイミーに引っ張られる大柄なレイダーさんが現れた。


 私はレイダーさんとエイミーを伴い山の方へ登り始めた。道は昨日歩いた道よりもさらに獣道に近く、足場は悪かった。それでも、数分登ると、そこは思いの外開けた場所だった。


 視界が開け、眼下に村の家々や畑が見渡せる。吹き抜ける風が心地よい。私は大きく深呼吸をした。うん。この場所の空気は清澄でマナの流れが豊富だ。ここなら私が使いたい魔法も問題なく使える。イケるわね。


「あのさ、アイリーン!水場は山の上じゃないよ?下だよ、下!」


「知ってるわよ。あの、レイダーさん。あそこにある岩なんですけど持ち上がりますか?」


「ああ?あれか?ちょっと待っててくれ」


 彼は岩の前に立つと両腕を回し、ぐっと力を込めて岩を抱え込むように持ち上げた。その大きさと形からして、かなりの重さがあるはずだけど……


「重さはどうですか?」


「問題ない。ああ、あともう少し重いのも持てるな」


「分かりました。ありがとうございます」


 私は頷いた。これで準備は整った。あれが持ち上げられる重さなら十分に可能だ。


「さて、準備を始めるわ。2人とも少し離れていて」


 私は2人にそう指示し、巨岩から数メートル離れた場所を選んだ。まずは、足元の地面に両手をつく。目を閉じ意識を集中させる。この山全体に薄くではあるけれど、確実に魔力が通っている。これなら、あの物質創造の魔法が使える。


 地面に魔力を流し込むと、ひんやりとした感触と共に、微かな振動が伝わってくる。私の手を中心にして、青い光が地面に広がり始めた。指で地面をなぞるように、直径1メートルほどの円を描く。光の線はすぐに定着し複雑な魔法陣のパターンが地面に刻まれていく。


「おお!青い光が地面に刻まれてる!」


「ほう。これが魔法陣か。間近で錬成されるのは初めて見たな」


 私は魔法陣を完成させ、最後に魔力を流し込んで魔法を発動する。魔法陣の中心からきらめく水の塊がゆっくりと浮かび上がってきた。それは、先ほどレイダーさんが持ち上げてくれた岩と、ほぼ同じ大きさ、そして同じ質量を持った巨大な水魔法の球体だった。太陽の光を反射して内部がキラキラと輝いている。


「おぉ~!!凄い!!」


「これは……これが、アイリーンの魔法なのか?」


 2人は驚いているようだったけど、今は説明している暇はない。この魔法を維持するには集中力が必要だし、何より村は一刻も早く水を必要としている。今のうちにこの水球を大きくしてしまおう。


 私は更に魔力を集中させ、水球に注ぎ込んだ。水球は、ふわりと膨らんでいく。二倍、三倍……五倍くらいの大きさになったところで拡張を止めた。うん。これくらいあれば一度にかなりの量を運べるはず。


「すごいすごい!大きくなったよ!?ぶよぶよしてるー!」


「さて、これを運びましょう。あの貯水タンクの大きさから考えれば、これをあと10個ほど作る必要があると思うわ。だから2人は先に村へ運んでおいてくれないかしら?」


「運ぶって?こんなの持てないよ!?」


 エイミーは目を丸くした。レイダーさんも、あの大きな水球を見てさすがに困惑した表情を浮かべている。


「大丈夫。水球が割れないように、表面を風の魔力の膜で覆ってあるから、転がしても問題ないわ。あとレイダーさんが持てるように質量も調整してあるから」


「すごいな。わかった。エイミー運ぶぞ!」


「運ぶー!」


 2人がゆっくりと村へと続く坂道を下っていくのを見送った後、私は再び地面に両手をついた。


 休んでいる暇はない。あと10個、この水球を作る必要があるのだ。再び魔力を集中させ、山のマナと繋がる。地面に青い魔法陣が描き出されていく。


 自分の魔法が、今、この村のみんなの生活のためになっている――その事実が、私の心に温かい充足感をもたらした。宮廷では感じたことのない清々しい喜び。私は自分の魔法で、この『ピースフル』の村人たちの役に立っている。そのことに私は嬉しさを感じていた。

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