48. 理由
そして翌日。私とフレデリカ姫様は、ローゼリア王国に戻るための馬車を、宿屋の入口で待っていた。早朝の冷たい空気が、昨夜の出来事を忘れさせてくれる。
「ふわあああぁ……」
私は、大きなあくびを噛み殺すことができなかった。昨夜はグラドとの戦いの後、ほとんど眠ることができなかったのだ。疲れが、今になってどっと押し寄せてくる。
「……あなた。女性と言うこと忘れていません?こんなところでよく平気で大口を開けてあくびなんてできますわね?みっともないわよ?」
「すみません。昨日は少し寝るのが遅くなりまして……」
私は、苦笑いを浮かべた。本当のことを話すわけにはいかない。
「はい?あなたの方が先に寝てましたわよね?姫騎士が姫より先に寝るのはどうかと思いますわよ?」
フレデリカ姫様は、疑わしげに私を見た。その鋭い視線に、私は思わず目を逸らした。本当は魔王軍の幹部のグラドを倒したんだよ。とは言えないので黙っておく。もちろんリアンさんの件もだ。
私は、曖昧な笑みを浮かべた。その時、馬に乗った兵士がこちらに向かってくる。その後ろには、なぜかジギル王子と側近騎士のリアンさんの姿もあった。まさか、リアンさんが昨夜のことを話してしまったのだろうか?私は、慌てて身だしなみを整えた。
「フレデリカ姫様!大変です!今朝方、ローゼリア王国に魔物の大群が押し寄せたとの知らせがあった。すでに鎮火しているようだけど、被害は大きいらしい。至急、ローゼリア王国に戻ったほうがいい」
ジギル王子は、血相を変えて言った。その言葉は、私の耳に、重く響いた。
「そ、そんな……ローゼリアが!?イデア急いで戻りますわよ!」
その時、私の心臓が大きく脈をうった。そして、記憶が蘇り、それは走馬灯のように私の頭の中に流れ込む。
待って……ローゼリアが魔物の大群に襲われた?前世では、そんなことなかったじゃない。じゃあ前世の私は何をしていた?その魔物の大群が発生する前にギルドの依頼で調査をしてたんじゃなかった?未然に防いでいた?
「イデア!?何してますの!?早く!」
フレデリカ姫様の声が、私を現実に引き戻す
「あ。はい!」
私は、慌てて馬車に乗り込んだ。馬車は、すぐに走り出した。しかし、私の足は鉛のように重く力が入らなかった。どうしよう……行かなきゃいけないけど……でも……私は……
「イデア?」
「……」
私は、何も答えることができなかった。頭が混乱していた。私はどうすれば……わからない。私が転生してここにいる意味が……あれ?私はなんで2度目をやり直してるんだっけ?その時、フレデリカ姫様の叱責が私に向けられた。
「しっかりなさい!あなたらしくありませんわよ!」
「……え?」
私は、顔を上げた。フレデリカ姫様の瞳が、まっすぐに私を見つめている。
「あなたはいつも堂々としていて、どんな困難があっても諦めずに立ち向かう強さを持っている。私はそんなあなたを尊敬しているのですわ!そんなあなたがそんなことでどうしますの!」
フレデリカ姫様の言葉が、私の胸に突き刺さる。それは、私を奮い立たせる力強い言葉だった。
「フレデリカ姫……さま」
私は、涙を堪えながら、フレデリカ姫様の名前を呼んだ。すると、フレデリカ姫様は、自分の隣に来るように手招きをした。私がそこに座ると、彼女は優しく抱きしめてくれた。
「今はローゼリアの民のためにも、私たちができることをやりましょう。大丈夫。きっとみんな無事ですわ」
その言葉を聞くと、不思議と落ち着いてきた。そうだ。私は何を弱気になっちゃっているの?私は誓ったはずじゃない。もう二度と大切な人を死なせないと。
「……ありがとうございますフレデリカ姫様。おかげで落ち着きました。」
「そう?ならよかったわ。さっきまで泣きそうな顔をしていたもの。でも、あなたは笑顔のほうが似合っていますわよ?」
フレデリカ姫様は、微笑んだ。その笑顔は、私に勇気を与えてくれる。
「はい。頑張ります。でも……」
「でも?」
「今はちょっとだけ……甘えてもいいですか?」
そう言って、彼女の胸に顔を埋める。すると、頭を撫でられる感触があった。あぁ。この温もりだ。この匂いだ。この優しさだ。私がフレデリカ姫様のために戦う理由。この人が幸せになって欲しいから。だから私は守りたい。この人の未来を。私は、馬車の中で目を瞑り、心の中で決意を新たにした。