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第32話 契約

『それならば先にをしませんか?』

 ひたいに手をやり、つかれた様子のレオナルドに精霊から提案がされた。

「契約?」

 レオナルドにとって、また初めて聞く言葉が出てきた。精霊と契約とはいったい……。

『はい。先ほども言った通り、当初は勝手にあなたの体の中に入ろうと思っていましたが、それはもうあきらめます。力がほとんどないと知られてしまった今となっては、あなたの体に入っても異物いぶつとしてすぐに消滅しょうめつさせられてしまうでしょうから。ですので、霊力をもちいた正式な契約、精霊契約を、と』

「……契約するとどうなるんだ?」

 正式な契約、精霊契約、と言われてもレオナルドには何のことだかわからない。ゲームではあくまで「宿やどす」という表現で、「契約」なんて言葉は一度も出てこなかったのだ。だから素直にいてみることにした。

『私はあなたの意思に反して力を発揮はっきできなくなりますが、あなたの霊力を自由にもらうことができます。そして、あなたは私に危害をくわえることができなくなりますが、精霊術を自由に使えるようになります』

「なるほど……」

 レオナルドは考える。話の流れ的に精霊がうそを言っている感じはない。それに元々レオナルドに精霊を消滅させる気なんてなかった。というか自分の身に宿すつもり満々だったのだ。そして精霊はレオナルドの意思に反しない。これはレオナルドにとって理想に近いのではないだろうか。しかも契約をすれば、ゲームのように精神をおかされる可能性がグッと減り、力を得られる。

 だとすると、やはりゲームのレオナルドはこの契約をしていなかったのだろうか……。

『いかがですか?』

「……うん、契約しよう。どうやるんだ?」

 考えた末に、レオナルドは精霊と契約することに決めた。

『簡単です。私にれてくれれば、私があなたの霊力と私をむすび、つながりを作ります。それで契約は成立します』

「わかった」

 レオナルドはうなずくと、松明たいまつを床に置き、白い光の玉――――精霊にそっと触れるのだった。


 レオナルドが触れた瞬間、精霊は一度強く発光すると、すーっとまるでこの世界にけ込むように消えていった。

「へ……?」

 目の前で起こった現象にレオナルドは目を丸くする。契約をすると言っていたのに消えるとはいったいどういうことなのか。

(精霊はどこに行ったんだ?)

 レオナルドは、精霊に触れた手のひらを見た。それから左右に首を動かし、最後にあらためて正面を見るが、精霊はどこにもいない。

「え?あれ?本当にどこ行った!?精霊さーーーん!?」

 あせりをおぼえたレオナルドは隠し部屋全体にひびくような声で呼びかけるが、返ってきたのは静寂せいじゃくだった。

「……もしかして、俺、気づかずに消滅させちゃった……?」

 レオナルドの額に冷や汗が浮かぶ。先ほど精霊がレオナルドなら精霊を消滅させられると言っていたことを思い出したのだ。

(ヤバくない!?それ絶対ダメなやつだよね!?どうすんの!?どうすればいいの!?)

 レオナルドがしでかしてしまったかもしれないと思いテンパっていると――――、

『うるさいですね。私はもうあなたの中にいますよ』

 精霊から言葉が返ってきた。ただ、今回は頭に直接こえてくるような不思議な感覚だ。

「え?精霊さん?俺の中にいるの?」

 レオナルドは、精霊が自分の中にいると言われて、つい自分の頭、胸、そしてお腹と順にさわってしまう。

『はい』

「なんだよ…、それならそうと早く言ってくれよ。めちゃくちゃ焦ったじゃないか……」

『あなたが私に触れたことでできた仮の繋がりをしっかりとしたものにするという繊細せんさいな作業に集中していたというのに、そのような言われ方をされるのは心外ですね』

「そ、そうなんだ。それはごめん……、ありがとう。けどそれなら契約はちゃんとできたってこと、だよな?」

『そうですね』

「よかった。それでさ、なんかさっきから声が直接頭の中に響くんだけど……?」

『そういうものですよ』

(マジか……。精霊が体の中にいるってこんな感じなのか……)

『はい。力がある程度回復するまで私はもう外には出られませんのでれてくださいね』

「っ!?もしかして俺の考えてることがわかるのか?」

『そうですよ』

「マジかよ……」

『ちなみに私の言葉は、先ほどまでなら霊力のある者は誰でも聞こえる状態でしたが、こうしてあなたの中に入った今はもうあなたにしか聞こえません。まあ霊力持ちなんてあなた以外にそうそういないでしょうから大して変わりませんが』

「へえ、そういう風になってるんだな」

『あと、あなたが声に出しても私はそれを聞くことができますが、誰かがいるところでは私とのやり取りであまり声に出さない方がいいでしょうね。ずっとひとごとしゃべっているおかしな人間だと思われたいなら別にかまいませんが』

「……ご忠告ちゅうこくありがとう。これっぽっちもそんなこと思われたくなんてないから気をつけるよ!」

 精霊に言い返したレオナルドだったが、何だかドッと疲れが出てきて、深いため息をいた。

『それで、これからどうしますか?あなたが知っていること、全部話してくれますか?』

 精霊はそんなレオナルドを無視して話を進めようとする。

「あ~~、そうだな……、約束だもんな。けどさ、とりあえず話はまた今度にしないか?俺からも色々訊きたいことがあるけど、今は話す元気がないんだ」

『……そうですか』

「ごめんな。結構時間もかかったはずだし、そろそろ家に帰ろうと思うんだけど、精霊さんはまだここに何か用とかある?」

 何となく精霊が残念に思っているように感じてレオナルドは謝罪した。そして自分の考えを伝える。

『いいえ。こんなところ今すぐにでも跡形あとかたもなく破壊したいですね』

「そっか。そういえばこの黒刀は?どうしたらいい?」

 レオナルドは精霊の言い分に苦笑すると、ずっと手に持っていた黒刀の扱いについてたずねた。

黒刀それには私の力が馴染なじんでいますので、霊力との相性あいしょうがいいですよ。あなたが使えばいい武器になると思いますが』

「そうなんだ……」

 レオナルドは黒刀を見つめる。霊力のことはいまだよくわからないが、自分の力と相性のいい専用武器、というのは心かれるものだった。

「あ、でも、抜き身のまま街中は歩けないよなぁ……」

 しかし、すぐに問題点が思い浮かぶ。街中で抜き身の武器を持ち歩いているなんて完全に不審ふしん者だ。すぐに兵士を呼ばれてしまうだろう。

『面倒なことですね。ちょっと待っていてください』

 精霊がそう言うと、わずかな時間を置いて、レオナルドの手から黒刀が忽然こつぜんと消えた。

「これは……!?」

 レオナルドは目を丸くして黒刀を持っていた手を見つめる。

『刀は私自身に取り込みました。使いたいときには言ってください。具現ぐげん化します』

「そんなことができるのか……」

 レオナルドは呆然ぼうぜんつぶやく。精霊が取り込んだということは、さっきの黒刀は自分の中にあるということだ。どういう原理なのか全然わからない。さすがはゲーム内屈指くっしのチート存在ということか。

『契約をしたんですからこれくらいは。と言っても、あなたの霊力を使っているからできるんですけどね』

「そうなんだ……」

 返事をしながらも、レオナルド自身に、何かが減った感じなどはなかった。霊力というのは燃費ねんぴがいいのだろうか。それに今の言い方だと、精霊は自分の霊力を使えばいったいどれほどのことができるのか、非常に気になるところだ。が、何はともあれ、これで黒刀の問題は解決したので、

「それじゃ、ここを出ようか」

 レオナルドは気を取り直して精霊に言った。

『はい』

 こうして、レオナルドは色々と、本当に色々と予想外のことが起きながらも、当初の目的であった精霊の力を無事手に入れることができたのだった。

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