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ゲーセンにゾンビはとりあえず撃つよね

 荒廃した世界に音はない。

 灰色のジャングル、その死骸。

 罅が縦横無尽に走る鉄筋コンクリートを踏みしめて、襲い来る無数の腐敗者どもに銃口を向けた。殺意の高い衝撃が辺りを満たす。



「化野! 三時の方向にゾンビ!」

「いや隣にいるんだけど」

「いないでしょ!」



 二丁の銃を両手に持って狙いもそこそこに発砲。

 四方八方に群がってくるゾンビがいるために、数打ちゃ当たる状態になっていた。しかしできる限り近くにいるやつから狙っていく。



 最も近いという条件を満たすゾンビならば草壁雪花とかいう化け物が隣にいるのだが、現在彼女はともに生き抜いていく仲間である。

 自分が生き残る可能性を高くするためにも、仲間は多い方がいい。

 ゆえに雪花へ銃口を向けることなく三時の方向へ引き金を引いた。



「はぁ……はぁ……」

「疲れたね」

「まさかこんなに出てくるなんて……」

「流石に進みすぎたか」



 難易度ハード。

 二人プレイ。

 ステージ四。



 ゲームセンターに置いてあるゾンビを倒すゲームを本気でやる御年十五歳の高校生とは俺達のことです。意外と楽しくて周りの目とか気にならないぞ。あくまでもプレイ中は。



 その後もわちゃわちゃしながら続けていったのだが、結局、数分後には二人ともHPがゼロになって死んでしまった。

 額に薄らと浮かんだ汗を拭って、雪花は口角を上げる。



「楽しかったわ」

「それはよかった」

「出身地が田舎の村でね。ゲームセンターなんてなかったのよ」



 ゾンビがゾンビを倒すなど地獄のような光景であった。

 爆音ひしめくゲームセンターに入った直後に「私あれやってみたいわ」と言い出すものだから、ウケ狙いなのか天然なのか読み取れなかった。

 そもそも彼女らは自分が化け物であることを認識しているのか。

 普段のやり取りからすると、気付いていないような気がするのだが……?



「せっかくならお姉ちゃんも来ればよかったのに」

「用事があるなら仕方ないよ」

「どうかしら。存在しない用事かもしれないわ」

「どういうこと?」

「要らない気を利かせたってこと」



 まったく理解できないことをのたまいながら雪花は腰に手をついた。想起するのは今日の放課後のことだろう。菜々花と一緒にゲームセンターに行きたかった様子の雪花だったのだが、どうにも菜々花には用事があったようで。「化野さんと行ってくればいいじゃないですか。それに、そっちのほうが嬉しいでしょう?」と意味ありげに肉塊を揺らしていた。



 こちらとしてはゾンビとお出かけなんて御免被るところなのだが、流石に正面から共演NGを突きつけるのも可哀想なので、何も言わずに黙っていた。



 そしたらなぜか雪花とゲームセンターに行くことになったけど。

 沈黙は金、雄弁は銀って嘘だね。

 思ったことがあったら口に出したほうがいい。胸に秘めたままだと、最悪ゾンビとお出かけする必要が発生してしまう。



 休憩用に設置された椅子に並んで座りながら天井を見上げた。

 煙草の煙でも吸い込んでいるのか、わずかに浅黒い。

 火事が起きたらスプリンクラーは起動するのかどうか疑問に思う。



「結構遊んだわね」

「大体……二時間くらい?」

「楽しい時間ってすぐ過ぎちゃうから、いつも驚いちゃうわ」

「俺はずいぶん長く感じるけど」



 走馬灯の親戚みたいな状態が常であるから。

 隣に化け物が居たら当然である。

 もはや死線を潜りまくって、面構えからして〝違う〟系男子爆誕。

 意味はないが。



 雪花はなぜか新品同然に見える——ゾンビである彼女が微生物に分解されそうなモノ以外を装備している姿を初めて見た——、真っ黒なチューリップがプリントされた帽子の鍔を摘まみ上げて、筐体の奥の領域を指さした。



「カフェがあるわよ」

「じゃあ時間もそろそろアレだし」

「どれよ。とにかく行きましょう」

「実はドクターストップが発令されてて」

「カフェに?」

「カフェに」



 前もこんな展開を見た。

 というか美穂とカフェに行った。

 加えてゾンビもとか御免被る。



「大丈夫よ」

「あとアナフィラキシーショックが」

「一回目だから」

「二回目なんだよね」

「一回目は誰なの」

「………………」



 おっと口が滑った。



 俺が何も言えずに黙りこくると、彼女は『ほれ童貞の強がりじゃない笑止千万』みたいな顔をしてため息。

 別に美穂とお出かけしたことがあるという事実がバレても問題はないが、それで弄られても面白くない。ジガバチとお出かけするような男と認識されるのも面白くない。俺は一般的な男子高校生である。



 連行されるUMAのような勢いで、俺は雪花に引きずられる。

 必然的に手にはゾンビの感触。

 ひんやりとしていて強く「死」を感じた。

 怖い。



「おや、これは曜くんではありませんか」



 さらなる「死」を感じた。

 勘弁してほしい。



 ウィーンと開く自動ドア。

 向こうに座っているジガバチ。

 青くなる自分の顔。

 気さくにあげられる昆虫の脚。

 こちらがあげられるのは白旗くらいだった。



「店を変えようか。いいところ知ってるんだ」

「もしかして前行ったところですか? ご一緒しますよ」

「巣に帰れ」



 全力で雪花の手を引いて直帰しようとしたのだが、そうは問屋が卸さない。背後からジガバチに声をかけられてしまった。瞬間、固くなるゾンビの手。



「…………化野」

「…………何」



 知ってる展開だなぁ、と現実逃避をしつつ、俺は色を失った彼女の双眸に視線を向ける。



「誰よこの女」



 ジガバチ。

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