目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

塵も積もれば大和撫子

 五月も終りを迎え六月である。

 梅雨の季節である。

 現在進行系で大雨が降っているのである。



「はぁ……」



 玄関で呆然と空を見上げながら、傘を持っていないことを何度も何度も確認して、そのたびにため息をついた。

 天気予報では『雨が降るでしょう』と言っていたのだが、家を出るときに忘れてしまっていたのだ。おかげで濡れて帰宅するか、学校に泊まるかの二択を迫られている。



 曇天はまだまだ雨をやませる気配がない。

 少なくとも無事に帰路につく可能性は消えた。

 さて滝行に勤しむか、と重い腰を上げたところで、隣に人のぬくもりが出現。



「あれま、こらすごい雨やなぁ」

「……………………」



 それは〝はんなり〟とした響きの言葉を操った。

 俺はできる限りそちらに視線を向けないようにしているから確実ではないが、おそらく同級生であろう。女子の制服には学年によって異なる色のリボンが巻かれているため、色からして。



 だからといって親睦を深めようとはならない。

 同級生だから仲良くしよう、など近年の風潮に反している。

 冷めた近隣関係が流行りなのだ。



「あんたも不幸どすなぁ」

「……そうですね」

「こないな雨に降られるなんて」



 どちらかと言うと君に声をかけられたほうが不幸かな、とは言わなかった。

 化野曜は配慮のできる男。なぜヒロインが登場しないのか不思議でならない。



 彼女(?)は頭部らしき部分を曲げると、ゆったりとため息をついた。

 動きを同じくして制服も揺れる。ついでに小さなくずが落ちた。

 見た目から察するに埃だろうか。掃除するときにでも付着したのかな、と現実逃避気味に思考してみたが、明らかに目の前の存在の自前のものだろうと納得してしまう。納得させられたというか。



「うちは須佐美すさみ陽子ようこどす」

「はぁ、これはまたご丁寧にどうも」

「そちらの名前は?」

化野あだしのようと呼ばれることが多いです」

「そら本名やさかいね」



 微妙に偽名的な雰囲気を醸し出して逃げようとしたのだが、彼女――須佐美さんはカラカラと笑った。名前の通り明るいタイプなのだろうか。

 人間であれば是非とも関わりになりたい。

 ところが彼女は多分人間ではないのである。悲しいことに、何だか灰色がかっているのだ。



 最も近い例えをするなら埃。部屋の隅に転がっているような。

 あれが凝り固まって生まれたみたいな姿をしている。

 塵も積もれば大和撫子。

 まさか本当に積もるとは。



「あー、曜くんでええ?」

「どうぞ」

「曜くんも傘忘れたん?」

「うん」

「うちも」



 あちゃあ、それは可哀想に。

 須佐美さんは塵だから水に弱いだろう。



「曜くん、よう苗字珍しいって言われへん?」

「あんまり」

「実はうちの家……ああそう、うちは中学生の時に引っ越してきたんやけど、前は京都に住んどったんよ。その近所に化野・・ってところがあってなぁ」

「へぇ」



 何か運命的なもの感じひん? と彼女がのたまうのを聞き流しながら、須佐美だって珍しいよなぁと考えていた。ところで「須佐美」って聞き間違えたら「ササミ」になるよね。つまり肉。肉貪にくむさぼり益荒男ますらお。またもや肉貪益荒男である。



化野あだしの……あだし野、やね」

「じゃあ俺は帰るから」

「だいぶ雨降ってんで!?」

「ちょっと滝行しようかと思って」



 そして霊験を得るのだ。

 悪魔よ去れ。

 悔い改めよ、神の国は近づいた。



 新種の化け物の近くに居たくないがために玄関の屋根の下から出ようとしたのだが、心配した様子の須佐美さんが俺の袖を掴んでくる。掴むために用いられたのは人間でいうところの腕なんだけど、ぱっと見では「砂の塊」である。

 とても何かを掴めるような形状をしているはずがない。けれども掴めている。人体の不思議、というか化け物の不思議。



 流石に雨の勢いが強すぎるので脱出は諦めた。

 これで滝行をすれば明日の風邪が約束されてしまう。

 塵と一緒に過ごすことが約束されるのと、どちらがより一層嫌か悩ましいな。

 まぁ僅差で塵かな。こちとら肉塊とかゾンビとかジガバチとかで慣らしてきているのだ。襲って来ない限りは許容範囲内である。



「曜くんって不思議くんなん?」

「うーん」



 未だに自分がおかしいのか世界がおかしいのか判明していないのだが、周りにとって美少女と判断される存在が化け物にしか見えない視界をしているので、確かに不思議くんと表現できるかもしれない。



 俺は少々答えに悩んでしまって、「悩む時点で不思議くんなんよ」と彼女に笑われてしまった。



「雨強いなぁ」

「……はぁ」

「何か辛いことでもあったん?」

「うん」



 原因は隣にいる。

 どうして関わりをもつ異性がことごとく化け物なのだろうか。

 そろそろ純正の人間に登場してほしい。

 多分それだけで好感度天元突破する。



「君と話してると楽しいわぁ」

「そう」



 胸の前で両手を合わせて、須佐美さんは喉——こちらからは認識できないが——をころころと震わせた。相変わらず声がいい。化け物連中は声がいいという法則があると見える。研究して論文でも発表しようかな。



 残念なことに自分は文系であるので、おそらく科学的なアプローチもしくは呪術的なアプローチが必要になると思われる、彼女らについての研究は不可能だが。



 俺はいつまでも雨を吐き出し続ける曇天を睨みつけた。

 曇天が止まる気配はない。

 須佐美さんの言葉が止まる気配もなかった。

 おしゃべり系の塵である。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?