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家のゴミが急に増えた

 運命というものが存在するとすれば、それを司る神様はさぞかし意地が悪いのだろう。そうでなければ頻繁にゲリラ豪雨には遭遇しないし、不運にも化け物と相席なんて絶対にない。多分。



「不幸やな」

「そうだね」

「曜くんとは雨の日に縁があるなぁ」

「そうだね」

「雨の日にしか現れへんレアモンスターやったりする?」

「しないかな」



 公園。

 木製の屋根の下。

 同じく木製の机と椅子にて。



 なぜか一席しかないものだから、俺は多少行儀が悪いのは承知で、机に浅く腰掛けていた。若干髪が湿っているためにハンカチで拭う。今日も元気に魑魅魍魎をしている相方――須佐美すさみ陽子ようこさんは、重たいため息をついた。



「実はな、お気に入りの服屋はんにお買い物しに行こうとしとったんやわ」

「うん」

「雨に遭うたやん」

「うん」

「不幸やわぁ」

「不幸だね」



 たまたまコンビニにアイスを買いに行こうとしていた自分は、運命の悪戯のせいで化け物と遭遇してしまった。ゲリラ豪雨と化け物、どちらが余計にたちが悪いだろうか。化け物かな。



 突然機嫌を悪くした空模様から逃れるため、近くにあった公園に逃げ込んで、雨宿りを始めた俺たち。



 彼女はしきりにため息をついて、「曜くんと遭うんやったら、もっとおめかししたらよかった」としょんぼりしている。近くにトラックが通ったので、なにを言っているのかは聞き取れなかったが。きっと外出の目的が果たせなくて悲しんでいるのだろう。



 一体いつになったら雨が止むのだろうと、スマホで天気予報を確認してみると、ゲリラ豪雨にしては根性のあるやつだった。つまりは二、三時間ほどは降り続けるとか。そんなに立ち往生したくない。



「須佐美さん」

「ん?」

「近くに俺の家があるんだけどさ、寄ってく?」



 本当に近くだ。なんせ思いつきでコンビニへ買い物に行っていただけなのだから。距離にしたら五百メートルもない。



 当然傘なんて上等な道具は持っていないから、その距離を走り抜けるしかない。けれども、その程度なのであれば、大して濡れる心配はしなくてもいいだろう。たとえ濡れたとしても、すぐにお風呂に入ればいい。



 しかし友だち――化け物を「友だち」と呼称するのは大変心苦しいのだが、一般的に自分らの関係はそれ以外の形容の方法がない――を放置して自分だけ帰るのも、心にしこりが残ってよろしくない。



 そのために俺は須佐美さんに提案したのだが、言葉を放ったあとに、曲がりなりにも異性相手に言うべき文句ではなかったと後悔した。これではまるで、彼女をお持ち帰りしようとしているみたいではないか。ゴミ回収業者じゃないんだぞ。



 やはり須佐美さんも当惑したのか、あるいは浅ましい男、と軽蔑したのか。



 いつもよりも地味めな印象の袖から伸びる塵の指を、人間で言うところの口元に当てて、しばらくの間思考にふけった。その間のこちらの気持ちは、死刑執行を待つ死刑囚のようだった。



 彼女は伺うような様子で、



「……曜くん」

「ん」

「他意はあるん?」

「ない」



 断言する。

 絶対にない。

 空から女の子が降ってくることくらいあり得ない。



 間髪を入れず答えた俺に対し安心したのか、須佐美さんは微妙そうな雰囲気を纏いだして――おそらく悩んでいるのだろう――、やがて軽率に過ぎた誘いに回答を用意した。



 それは。



「ほなお言葉に甘えるなぁ」



 了承だった。



 俺は一瞬のうちに後悔と絶望が襲ってきて、今すぐにでも大海原に飛び出したい気分になった。母なる海に飛び込んで。現実を忘れて。嫌なことからは逃げ出そう。世はまさに大後悔時代。



 しかし後に悔やむから後悔というわけで、残念ながら時間を操る系の能力者ではない自分は、公序良俗に反しない行為をしなければならないのだ。間違っても彼女相手に劣情を抱いたりはしないが、世間的に見たら不純異性交遊と捉えられてもおかしくない。いや、捉えられるだろう。



 化け物相手にそんな風評被害を受けるのも癪である。我慢ならない。せめて人間相手がいい。



「じゃあ走るけど……靴大丈夫?」

「ばっちし」

「オーケー」



 須佐美さんがヒールの高い靴を履いている可能性もあったが、ちらりと覗いてみると運動靴。走るのに支障はないだろう。



 雨に飛び込む勇気をもって全力ダッシュ。

 痛みすら感じる勢い。

 周りから向けられる生暖かい視線。



 数分の格闘の末に自分の家に到着して、一応両親が在宅かどうかを思い出し、夜まで帰ってこないことを確信した。さすがに走り続けるのはこたえたか、須佐美さんはひさしの下で肩を上下させている。



「あー、須佐美さん?」

「なぁに」

「ちょっと待っててくれる?」

「わかったぁ」



 疲れからか雰囲気が幼くなっている彼女を置いて、俺は単身家に突撃した。目的は簡単だ。妹の抹殺。詳細に説明すると須佐美さんにその姿を見られないようにする。家族――と表現していいのか不明であるが――に女友達を家に連れ込んでいる現場を見られたくないし、もしかすると人間の社会で生きていない妹には『フィルター』がかかっていないかもしれない。



 つまりは化け物が化け物に見えるということ。



「ちょっとお願いがあるんだけど」



 リビングから触手を伸ばして出迎えてくれた妹。彼女に「しばらく隠れてて」とお願いすると、なぜか物置に潜り込んでいった。しかし他の場所に移ってもらう時間はない。須佐美さんを待たせているから。



 こんこんこん。



「曜くーん? 入ってええ?」

「どうぞ」



 間に合った。



 ほっと胸をなでおろし、扉の曇りガラスの向こうに立つ影の疑問に答える。はんなり・・・・とした言葉を操る影は、こちらの許可を耳にすると、むわっとした空気とともに家の中に入ってきた。

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