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へぇ塵とお見合いするとは珍しい趣味をお持ちで

 クラスメイトと同級生は同じではない。学校に行けば必ず出会う前者とは違い、後者は偶然による導きがなければ出会うことがないのだ。もしも片方にその意志があれば必然であるが。少なくとも須佐美さんとはそういう仲ではないだろう。



 必然の出会いがない、つまりは接触機会が少ないということ。仮に一週間に一度程度遭遇するとして、そのときに会話を続けるのは難しくない。なぜなら一週間もあれば話題などいくらでも生まれるからだ。



 しかしその距離感の関係を続けてきていざ長時間同じ空間に、しかも二人きりとなると話は変わってくる。それも大きく。



 つまり、どういうことか。



「………………」

「………………」



 気まずい。



 間もなく夕方の五時となるが親が帰ってくる気配はない。いや帰ってこられても困るのだが、むりやりでもいいからこの空気を壊してほしい。



 おそらく一生使うことはないだろう情報をニュース番組から取り入れつつ、お風呂に入ったとはいえ雨に打たれたから念を入れて、収納を飾るだけとなっていた紅茶を淹れた。二人して無言で啜る。



「……曜くん」

「……ん」

「……この紅茶うまいなぁ」

「……うん」

「………………」

「………………」



 須佐美さんが頑張って見つけたであろう話題も、こうしてすぐに底をついてしまう。続け方がわからない。俺は紅茶に造詣が深いわけではないのだ。逆にたとえ造詣が深かったとしても、絶対に紅茶の話題では盛り上がらない。



 初デートに有名な遊園地に遊びに行くと破局するという話を思い出した。きっとこういう理由だろう。待ち時間は必ず発生するし、その間の会話に困る。ゆえに悲しい最後に発展する。



 しかし予報ではゲリラ豪雨はあと一時間ほど続くと言っていた。一時間も気不味い空間にいたくない。



「――ご趣味は?」



 ということで、お見合いみたいな発言を繰り出した。

 なんでだよ。



「…………動物とたわむれること、どす」

「はぁ……さようで……」

「…………そちらのご趣味は?」

「……そうですねぇ……映画鑑賞とかですかね……」

「なるほど……………」



 てんてんてん。



 人はいるのに閑古鳥が鳴く。



 人と化け物。



 無言の地獄。



「………………」

「………………」



 いったい、どちらからだろうか。

 気がつくと、互いに肩を震わせていた。



「……くっ、くく」

「なんだか変な感じだね」

「そうやなぁ」



 下駄を転がしたように「からころ」と、須佐美さんは袖で口元を隠す。うちに乾燥機は存在しないので俺が貸し出した服だ。いつも自分が着ているものを他人が――それも異性が着ているとなると違和感がすごい。しかも化け物だからな。



 これで相手が人間だったらドギマギもしたのだろうが、押しも押されもせぬ塵である。おそらく親戚筋に生ゴミもいるだろう。俺は立派な人間なので塵相手にドギマギなどしないのである。



「開口一番に『ご趣味は?』ってなんなん?」

「思いつかなかったんだよね」

「まるでお見合いみたいやん」

「見合ってはいるんだけどね」



 似合ってはいないが。

 人間と化け物の恋など童話の中だけ。

 空想である。



「動物が好きなんだ?」

「そや。動物園やらも」



 ここから少し離れたところには牧場もある。動物園は別の街まで行かないと存在しないから、ときどき須佐美さんは訪れるそうだ。私服で和装をしていそうな雰囲気を醸し出しているが、そこは現代の高校生。洗練された指さばきでスマホを操り、ヤギと一緒に写っている画像を見せてくる。



「……ふぅん」



 こけしのように切り揃えられた黒髪。

 可愛らしくぷっくりとした唇。

 鼻筋はちんまりとしている。



 全体的に「和」の雰囲気を感じさせる――言葉を選ばなければロリっぽい少女が、その画像には写っていた。



 爛漫な笑顔を添えてピースまでしていた。俺はこの少女の正体がわからなかったのだが、まぁ文脈的に須佐美さんなのだろう。大きさも同じくらいだし。他人の目からすると彼女はこうして映っているのか。そりゃあ美少女扱いされるだろう。



「……どないしたん?」

「諸行無常を感じてて」

「えらいもん感じんにゃ」



 これ、そないもん読み取れる? と首を傾げながらスマホを確認する須佐美さんに、どうして直接対面するとこうなのだろうかと肩を落とした。画面の向こうから出てこなければいいのに。



「雨上がったね」



 そうして話をしていると時間はあっという間に過ぎ去り、予報よりも十五分遅れて雨はやんだ。カーテン越しに聞こえていた音はもうしない。



「……あれ、もう?」

「暗くなるとよくないし、早めに出たほうがいいね」

「同伴してくれへんの?」

「まぁ男の甲斐性だからいいけど……」



 同級生である。

 異性である。

 家の場所を知られるなんて嫌じゃないのだろうか。



 そんな意図を込めた視線を送ると、須佐美さんは軽やかに微笑んだ。

 気がした。



「――うち、曜くんやったらええよ?」



 艶やかというのはこういうことを言うのだろう。塵のくせに生意気だ、などの感想もないことはないが、素直に胸に書き留めておく。ふわりと傾げられた首の動きに伴って、わずかにサイズのゆるい胸元が覗いた。



 塵だからなにも感じない。



「じゃあ行こうか」

「……まさか本気だったん?」

「マジだけど」

「恥ずかしいわぁ……」



 意外なことに彼女の家は俺の家からかなり近く、歩いて五分程度で到着した。道中にはあまり会話がなかったが、先程の気まずい空気とは違い、なんというのか……互いに信頼し合っているというか、とにかく黙っていても焦りを感じない沈黙だった。



 須佐美さんの家は彼女の雰囲気にふさわしく武家屋敷というものだったのだけれども、家族の人に見つかって、しかも娘が見知らぬ男の服を着ているものだから、かなり修羅場になった。死ぬかと思った。



「……かんにんえ」

「いいよ」



 軒下でちょこんと手を振りながら、お見送りをしてくれる彼女に手を振って、俺は雨を吸い込んで黒くなった道路に足を踏み出す。



 ――こうして、ずいぶんと充実した夏休みが終わった。

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