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始業式から肉塊か

「疲れましたねー」

「そうだね」



 始業式早々に校内テストを終え、その疲れを全身で表現する菜々花。無事に苦行は終わったが肉塊との学校生活という苦行が待っている。どちらがより嫌だろうか。僅差でテストかな。本当に僅差で。



 机に突っ伏して触手をゆらゆらさせているのを眺めながら、授業がないために軽い鞄をもてあそんで、俺は口を開いた。



「一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」

「いいですよ」

「犯罪とかしたいなーって思うタイプ?」

「思うわけなくないですか?」



 菜々花は不名誉の濡れ衣を着せられたと憤慨した。配慮が見える勢いで椅子を蹴飛ばして――もちろん比喩表現だ――、こちらに顔を寄せてくる。顔かどうかは不明。たとえ背中とかでも確信はできない。



「よかった」

「こっちはよくないんですけど」

「……まぁ、それは置いておいて」

「置いておけるほどの存在感じゃないんですよ、その話題」



 私って犯罪とか好き好んでやりそうな見た目ですかね、と人間でいうところの顔に当たる部位をグニグニする。見た目的には大いにやりそうなものである。なんだったら被害者側にキャスティングされても違和感がない。そうなると死後どれくらい経過しているのだろうか。



 しかし普通の視点からは、草壁菜々花とは美少女の代名詞らしい。外見によって犯罪を犯すかどうかの有無など判別不能だろうが、一般的には見た目がいいと清廉潔白とまでは行かなくとも、多少は悪辣なイメージが和らぐだろう。



「冗談だよ」

「まったく、たちが悪いですよ」

「確認を兼ねた冗談」

「なんの確認なんですか!?」

「口が滑った」



 まさか朝に見た夢の確認なんて言えるわけがないだろう。夢の話題なんて出そうものなら必然的に内容も話さなければいけないし。クラスメイトが自分のことを夢に見ているなど気持ち悪すぎる。しかも異性。



 もちろん淫夢などではなく、直接的な表現をしてしまえば〝悪夢〟だが。バイオハザードとかそっち系の。俺は歯にドレスを着せる系男子だから言わないけど。



「口が滑るということは、なにか胸に秘めているものがいるのですよ」

「迷探偵みたいな振る舞いだね」

「ふふふ、そうです。名探偵です」



 耳をふさいで視覚だけに頼れば冥探偵という感じだ。当然こちらも常識に照らし合わせれば鋭すぎる言葉なので、いつか使うかもしれない秘密の心ノートに書き記しておこう。化け物に暴言を吐くことが法律で認められたら口に出すかも。



「いやぁ、それにしても久しぶりですね」

「そうだね。何年ぶり?」

「五、六年くらいです」

「そんな訳ないじゃん」

「梯子外すのやめてもらえます?」



 冗談っていうのは互いの信頼に基づいて行われるものなんですよ。急に真面目な返答をされたら悲しくなってしまいます。



 などと菜々花は傍らに置いてあった文庫本で顔を隠した。文学少女じみた動きだ。某ジガバチとキャラ被りしている。ジガバチと文学少女が結ばれるなんておかしな話だなぁ……。



「このあと暇ですか?」

「時と場合による」

「予定がTPOに合わせて生まれることってあるんですね」

「時と場合によるね」



 触手をそーっと伸ばし、彼女は俺の肩をつんつんとしてきた。肉塊がそんなことをしていても萌えポイントを稼ぐことはできないので、早急に謎の液体の正体を解明したうえで排除し、かつ人間になってから出直してほしい。



「久しぶりに遊びに行きましょう」

「ちょっと前に行かなかったっけ」

「一ヶ月くらい前ですね」

「知ってる? 宇宙というのは一三七億年前に――」

「この話題における時間の尺度の基準は人間です」

「じゃあ久しぶりだね」



 久しぶりだった。

 とくに高校生にとっては。



「もう秋ですね」

「時間が過ぎるのは早いなぁ」

「秋といえば」

「読書」

「うーん、惜しいっ!」



 秋なんてものはなにを主張しても許してくる度量の広い存在だと思っていたのだが、どうやら草壁菜々花嬢における秋は限定的なもののようだ。



 俺が首を傾げていたのを見かねてか、彼女は「ちっちっち」と意外と腹のたつジェスチャーを触手でやってみせ、挙句の果てには欧米人のようなオーバーな動作で肩を竦めた。肉塊に肩は存在しないが雰囲気から読み取ると。



「まったくもう、私が作った問題ですよ? 答えは『食欲』に決まっているじゃないですか。それじゃあ草壁菜々花検定一級はあげられませんね。次の挑戦は明日できますから是非」

「うん。二度とやらないね」



 菜々花に食べ物好きという印象はなかった。けれども自分で言うくらいなのだから特徴なのだろう。もちろん彼女は肉とか魚が苦手なので、対象は野菜などになる。パクチーとか好きかな。



「実はですね、駅の近くにクレープのお店ができたらしいんですよ」

「へぇ」

「移動販売のお店なんですけど」

「うん」

「移動しないんですよね」

「なにごと?」



 そんな魔法の使えない魔法使いみたいな。

 一行で矛盾することを言わないでほしい。

 面白いけど。



「トラックのお店なんですよ」

「あぁ、なるほど」

「でもコンテナに入ってるんです」

「雨風しのげるね」

「だから動かないんです」

「なるほど」



 見た目重視のやつか。

 オシャンティーってやつでしょ。

 曜くん知ってるよ。

 流行に敏い現役男子高校生だからね。

 ところでツーカーは何年前まで使われてたんだっけ?

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