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姉妹というのは似るものらしい

 人というのは時として窮地に立たされることがあるものであるが、はたして自分と同じ惨状に晒されたものはいるのだろうか。夢と希望きらめく遊園地にて、夢と希望の対極に存在していそうな死体と歩いている人間など。



「化野」

「ん」

「あんた絶叫系いける?」



 絶叫系なら隣にいるから大丈夫、なんて答えは当然ながら口に出せなかった。口に出したら晩餐になってしまうかもしれないから。



 ゾンビのくせしてお洒落な――少なくとも俺よりかは遥かに――服装に身を包んだ草壁雪花は、なにが入るのか存在意義が不明なほど小さいバッグを肩から掛けて、変な形のサングラスを持ち上げて言う。



「いけないことはない」

「つまり?」

「超好き」

「おーけー、私もよ」



 小さい頃からアトラクションといったら絶叫系しか乗っていなかった系男子である俺は、不敵な笑みを浮かべる雪花に断言した。彼女もニヤリと口角を上げると、なにが入るのか存在意義が不明なほど小さいバッグから、この遊園地・・・のパンフレットを取り出して見せてくる。



 そう、俺達は遊園地に来ていた。

 妹と訪れようとしていたところだ。

 雨によって免れたアレ。



 なにを間違ってしまったのか闇の妹の代わりにゾンビと訪れることになったが、別に心の底から嫌というわけでもないし、それどころか一人では来る機会がなかっただろうから、むしろ感謝を申し上げたいほどである。



「じゃあこれなんてどうかしら」

「いいんじゃない?」



 さすがに開園してから数ヶ月が経過すると割引もなくなってしまったけれども、だからといって客数も付随して少なくなるわけではないらしい。もちろん多少は減っているのだろう。割引しているときに来てないから、わからないけど。



 雪花が腐りかけの指先で指し示したアトラクションに向かう。開園時間は十時で、現在時刻は十時十二分である。最も混む時間に比べればすいている。



 あまり人通りの多くない大通りであるが、それでも人が存在する以上躱したりする動きは必要なもので、雪花はその際に足を引っ掛けてしまったようだ。一瞬だけ体が宙に浮いて倒れ込んでくる。



「あーん、転んじゃった」

「またずいぶんと気の抜けた声で」

「化野が支えてくれるって信じてたのよ」



 いわば愛ね。

 と彼女は呟いた。

 愛の意味を辞書で引くのをおすすめする。



 俺の腕にひっついて体勢を立て直す雪花を待ちながら、数か月前に彼女に選んでもらった服の袖を摘んで、ずっとこればかり着ているのはどうなんだと愁嘆した。自分のお洒落的センスがないのが恨めしい。



「そういえば化野」

「ん」

「まだそれ着てたのね」

「まぁ他の選択肢が小学生の頃に買ったやつしかないからね」

「それだけはやめなさい」



 まるで糞に群がる蠅を見るような視線をこちらにくれる雪花。一切の感情がこもっていない。絶対零度の視線。



「あとでまた選んであげるわ」

「助かる」



 しかし彼女はどうにも優しい。小学生並みの、あるいはそれ以前の壊滅したセンスしか取り扱っていない俺の服を、同情が大いに勝るだろうが選んでくれるというのだ。まともな服を入手するには雪花に選んでもらうしかないので、俺は頭を垂れて感謝を伝えた。



 しばらくそうして歩いていると目的のアトラクションが見えてくる。風の噂で結構怖いと聞くくらいなので人気なようだ。かなりの人数が並んでいた。



「初デートでディズニーランドに行くと破局するっていう言い伝えがあるじゃない」

「うん」

「これもそれに含まれるのかしら?」

「付き合ってないからデートには含まれないのでは」

「まぁ…………それは追々ね」



 雪花いわく、破局するのは待ち時間が長いせいで会話に詰まったり、あるいは人が多いために移動一つするにもスムーズに行かず、ストレスが溜まるせいとかなんとからしい。外見が腐乱死体なことよりもストレスが溜まることがあるだろうか。ないだろ。自分には関係ないな。



「ここで一つ画期的なアイデアを提案するわ」

「なに」

「ゲームをしましょう」

「話だけは聞こう」



 あまりにも自信満々だったものだから、よほど時間を結意義に潰せるナイスな提案をしてくれるのだろう。俺は既視感を覚えつつ先を促した。



「暇つぶしと言えば〝しりとり〟が有名じゃない」

「うん」

「でも慣れすぎてて長続きしないじゃない」



 まるで停滞期のカップルみたいに。

 と上手いことを言ったつもりなのか雪花は胸を張る。

 面白いかどうかは微妙なところだ。



「そこでこれよ――そう」



 古今東西魑魅魍魎ゲーム。



 彼女のこれ以上ないくらいのドヤ顔が癪に障った。ゾンビでさえなければ手加減した張り手を頬に入れたいくらい。腐乱死体ゆえに直接的な接触を回避せざるを得ないから、むりやり飲み込むしかないけど。



 俺は数秒ほど考え込んでいるようにみせて、



「やっぱ姉妹なんだね」

「なにが?」

「菜々花とまったく同じこと言ってる」

「えぇ? お姉ちゃんが?」



 私のあまりに冴えすぎた思考回路でしか導き出せない遊戯だと思っていたわ、と一体どこから湧いてくるのか理解できない自信を持って、雪花は肩を竦めた。やはり彼女はゾンビである。脳みそが腐っているらしい。

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