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わぁ枕元に立つなよ死神かな?

「よかったよ、大事じゃなくて」



 たまたま家にいた母親が作ったおかゆを食べながら、朦朧とする意識の中でベッドに座った俺は、額に貼った発熱時冷却シートの冷たさを感じていた。熱を奪ってくれるおかげで視界が鮮明になる気がする。



「あんたが体調を崩すのなんて懐かしいわねぇ。馬鹿は風邪を引かないって嘘だったのかしら」

「俺は馬鹿じゃないってことでしょ」



 実の息子に対して向けるにはいささか鋭すぎる言葉を投げつけて、母親は頬に手を添えて首を傾げた。所作からはお淑やかさが醸し出されている気がしないことはないが、最も重要な口から出力される言葉が、息子を傷つけるとか一切気にしていないのが大問題だった。



「体調を崩すの久しぶりじゃない?」

「記憶にはないね」

「あんたが村にいたころが最後よ、多分」

「村……?」



 学校でぶっ倒れて早退するくらい体調が悪くなったことなど記憶には残っていない。幼少期にそんな重症になっていたら記録には残っているかもしれないけれども、少なくとも自分の記憶には残っていなかった。



 しかし記録だとか記憶だとか関係なく聴き逃がせない単語。母親の口から漏れ出た「村」という単語には聞き覚えがなく、都会生まれ都会育ちであるはずの俺には、間違っても関係がないような……?



「あれ、覚えてないの」

「なにが」

「あんた小学校低学年の頃までは、おばあちゃんのところで暮らしてたじゃない」



 ほら、体調がすぐに悪くなるからって。すっかり体が弱いのも収まったから出てきたけど。それからは大事に至ったことないでしょう、と自分の記憶領域にはかけらも存在しない過去が母親から漏れ出る。



「そうだっけ」

「そうよ、覚えてない? 仲のいい子もいたじゃない。名前は忘れちゃったけど……」



 覚えていない、と俺が返すと「薄情な子ねぇ、だから恋人ができないのよ」と本当に血がつながっているのか疑問に思ってしまうほど、心の奥の奥まで傷つける発言をした。家族だからって加減してもらえると思うなよ。



「じゃあ寝てなさい」



 もろもろの看護をしてもらったあとに母親は部屋を出ていく。一応念の為あたりを見渡して――自分の部屋なのだから他の目など存在するはずがないが――、誰もいないことを確信してから口を開いた。



「大丈夫」

「私は見えないんだけどなー」



 今日も元気に不定形の闇の体をウネウネとさせている化け物こと、血のつながっていない実妹だ。彼女が文句を口ずさみながらタンスから出てくる。自身の大きさを自在に変えられる妹にとって、どんなに小さなところでも隠れられる空間となるのだ。



「それにしてもお兄ちゃん」

「ん」

「倒れるなんて相当じゃない?」

「うん」



 学校の図書室にて図書委員として活動に励んでいた俺は、体調不良なことに気づかずに倒れてしまい、逆瀬川美穂をだいぶ心配させてしまった。慌てふためくジガバチというのは非常に珍しいものであったが、人として人様――人間ではないけれども――に迷惑をかけるのは申し訳ない。



 彼女に保健室へ運んでもらって早退した俺は、現在体調を治すべく鋭意療養中なのだ。



「早く元気になってね」

「努力はする」



 よほどのことがない限りは普通に回復すると思うけれども、時間が早まるかどうかは体の頑張り次第だ。薬を服用したりして努力はするものの、倒れるほどなのだ、すぐさま回復するかは半々ではないだろうか。



 鈍い痛みと、体温が上がりすぎたことによる弊害か、心臓のあたりから湧き出してくるような錯覚を覚える気持ち悪さ。額の血管に重い綿を詰められたように回らなくなる思考。そこに鼻水やら咳やらが加われば、どこに出しても恥ずかしくない体調不良の出来上がりだ。



「私が看病してあげようか?」

「できなそうな見た目してるけど」

「人を見た目で判断しちゃいけません」

「人じゃないんだよなぁ」



 ご立派な言葉をのたまう妹。彼女はどこに出しても恥ずかしい――というよりも恐ろしい化け物である。うにょうにょとしている闇の触手を一目見れば、誰であろうと正気を失うこと必至であろう。俺は肉塊とかゾンビとかで耐性が付いていたから、なんとか耐えられたが。



「私はね」

「ん」

「お兄ちゃんのことを想っているんだよ」

「ほう」

「ここで恩を売って、治ったら遊園地に連れてってもらうの」

「可愛らしい計算だな」



 以前行けなかった遊園地。

 妹はそこに行きたいようだ。



 別にゾンビで初遊園地デート(笑)は失ってしまったので、あとは俺という人間が化け物と一緒に行動できるか、などの点しか問題にならない。当然ながら半年程度を化け物と乗り越えてきた自分にとって、化け物とのお出かけなんて朝飯前だ。朝食で家系ラーメンを食べる程度の余裕さである。



 ゆえに朦朧とする意識の中、俺は長年油をさしていないブリキ人形のごとく、ゆったりと、あるいはギシギシと首を縦に振った。



「やったぁ」

「まずは治さないと」

「私が治してみせるよ」



 妹は触手で氷の入った袋を持っている。



「じゃあそこにタオルあるから」

「こうやって包んで……はい、お客さんお加減はどうですか?」

「冷たい」

「つまらない回答だね」



 それくらいしか思いつけない状態なのだ。

 体調不良は辛いのだ。

 化け物には悪くなる体調がないのかもしれないけど。



 そんな感じで闇系妹の看病を受けていると、気付いてはいなかったがやはり疲れが溜まっていたのか、すぅと意識が真っ暗な世界に落ちていく。眠りの波が襲ってくる。だんだんと閉じていく視界の中、枕元に立つ化け物な妹はまるで死神のように見えた。こっわ。

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