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人助けは計画的に

 たこ焼きを作ってくれと肉塊が言っているという、具材は君かな? と思ってしまう少々面白い場面が、病み上がりの俺の目の前に広がっていた。菜々花は触手を胸の前で合わせてお願いしている。



「どういうこと?」

「こういうことです……」



 呟いて、彼女が提出してきたのは一枚のプリントだった。

 書面を眺めてみる。



「皆の役割が書いてあるね」

「書いてありますよね? 重要なのはこちらです」

「草壁菜々花って書いてある」

「書いてありますよね? その横を見て下さい」

「たこ焼き実行班って書いてある」

「書いてあるんですよ……」



 非常に事態を重く見ているように、菜々花は沈鬱そうな表情を――肉塊に表情なんてあるのか、と言ったら読み取れてしまうから存在しているのだろう――隠しもしない。俺はそれよりも「たこ焼き実行班」ってなんだ……? という疑問が旨を支配していたために、そちらには意識が回らなかった。



「たこ焼き実行班ってなに?」

「それは置いておいて」

「置かれちゃうんだ」



 あまりに気になったものだから質問してみたのだが、彼女はもつれた麻糸を断ち切るが如く、こちらの疑問を一刀両断する。



「私には化野さんしかいないんですよぉ」

「また恐ろしいことを言い出すね。連帯保証人にはならないよ」

「しませんよ! 一体私のことをなんだと思ってるんですか!?」

「そういう流れかと」



 可愛らしく声を震わせながら、菜々花がしなだれかかってきた。肉塊の姿で。これが他の人と同じように美少女の姿だったら喜びだとか興奮だとかで包まれるのだろうが、自分の場合は単純に恐怖と絶望のみである。



 適当な返答をしていたからか、ぷんぷんとしている彼女に胡乱な視線を向けていると、「ここで重要になってくるのが〝たこ焼き実行班〟がなんなのか……ですね」と探偵もののドラマで推理を述べるときのように、静かに静かに落ち着いた口調で話し始めた。



「たこ焼き実行班――それは」



 たこ焼きを作る人のことです。



 と、尺をそこまで取る必要があったのか反射的に考えてしまうほど、言葉を選ばすに表現すればつまらない答えが返ってくる。

 俺は予想以上にありきたりな答えに落胆してしまい、そっと彼女から視線を外しながら授業の準備に戻った。



「見捨てないでくださぃぃ!」

「見捨てるもなにも」



 たかがたこ焼きを作るのに、なんの障害が待っていようか。いや、待っていることはない。というか文化祭で高校生が作る「たこ焼き」なんて実際に作っていることのほうが少ないんじゃないだろうか。レンジでチンしてても問題ないよ、多分。



「私は料理が苦手なのです」

「そう……」

「そこで普段からお弁当を持ってきている化野さんに手伝っていただきたいんです」

「いや、俺は…………」



 言いかけたところで、口をつぐむ。



 小さく首を傾げている菜々花に微妙な笑みを向けて、俺は嘆息をなんとか飲み込んだ。喉のギリギリまで出てきていた。なんだったら肩の大きな動きは隠せなかっただろう。



 たしかに毎日のお昼は基本的に弁当を持ってきている俺であるが、はたして自分で作っているのかというと、まったくもってそうではない。では母親が作っているのか、というとそれも違う。自分の両親は忙しいので作っている暇はない。



 気になる答えはCMのあとで――。

 正解は化け物に作ってもらってる、でしたー。

 また来週。



「?」



 急に肩を竦めて目をつぶり始めた俺に疑問と違和感とを抱いたのだろう。菜々花はもともと傾げられていた首の角度をさらに深くして、加えて触手を人間でいうところの頬に当て始めた。動作があざとい。肉塊のくせに調子に乗っているんじゃないぞ。



「とにかく、俺は料理が得意なわけじゃないから」

「そうですかー……」



 雪花に教えてもらいますかね、と彼女はため息をついた。



「そもそも、どうして作ることになったの?」

「聞いていただけますか!」

「勢いがすごい。ミスったかな」

「いやいや大正解ですとも」

「大失敗だったかぁ」



 憤懣やる方ない、と言った様子の菜々花。

 こういうときには碌なことがない。

 間違いなく愚痴に付き合わされる。



「化野さんが休んでいるときにクラスの出し物が決められたんですよ。始めは満場一致でメイド喫茶が選ばれたんですけど、同席していた先生が『メイド喫茶は昨年度の生徒がやらかしたのでなしで』と止められて」

「昨年度なにがあったんだろうね」

「なにがあったんでしょう」



 互いに向き合って、



「そこで次案の〝たこ焼き〟と〝お化け屋敷〟と〝カジノ〟と〝恋愛相談所〟が残ったわけですけど」

「気になるのが一つあるね」

「消去法で〝たこ焼き〟に決定しました……」



 具体的には「お化け屋敷」と「恋愛相談所」についてご説明をいただきたかったのだが、菜々花は話すつもりがないようで――というよりも先の話に気を取られていて、こちらの反応に気付いていなかった。



「それで?」

「誰が作るのか、という話になりまして」

「うん」

「誰も手を挙げなかったので」

「うん」

「すかさず私が先陣を切ることに……」

「なんで??」



 本当に悔やんでいるのか、彼女に口が設備として存在していたら噛み締めていただろう、と確信させる勢いで地面を向いた。若干体も震えている。菜々花が震えると必然的に肉塊が震えるわけで、単に恐怖がかさ増しするだけだから控えてほしい。



「皆さん困っていらっしゃるようだったので」

「それで今自分が困ってると」

「はい」

「世話ないね」



 神様仏様化野様、私奴わたくしめをお助けてくださいぃ! と菜々花はひっついてきた。離してくれ。



「私には化野さんしかいないんですよぉ!」



 はぁ…………。

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