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調理室でたこ焼きを作るやつがいるんですか?

「それで化野がやることになったわけ?」

「うん」



 あからさまに頭痛を耐えていることを示すがごとく、草壁くさかべ雪花ゆなはため息をつきながら額を押さえた。その身にはエプロンを纏っている。今にも腐り落ちそうなゾンビが、である。当然SAN値は危険域に突入していた。



 俺は調理室に集まった他の生徒を眺めながら、雪花に向かって頭を下げる。



「ちょっと、なによ」

「感謝を表現しようかと」

「そりゃわかるけど」



 別に頭なんて下げなくてもいいわよ、こっちだって好きでやってるんだから。と彼女はそっぽを向いた。見間違えでなければ頬が赤くなっているように見える。死体にも血は通っているらしい。あるいは単純に気のせいか。



 直接的な褒め言葉だとか、こういうふうに感謝を伝えると雪花は恥ずかしがる。おそらく慣れていないのだろう。たしかに考えてみると彼女の性質は強気だ。たとえ他の人からしたら美少女であっても、付き合いにくいことは想像にかたくない。必然的に「こういった」言葉には疎くなるのだろう。



「ありがとう」

「……はぁ、はいはい」



 ひらひらと手を振りながら、同時にぱたぱたと首筋を扇ぎながら雪花は料理の準備をし始めた。



 俺達は現在調理室にいるわけだが、他の生徒達と同じく文化祭の下準備――もとい練習に来ているのだ。困っている人がいたら見過ごせない系の肉塊が隣の席なせいで、自分がたこ焼き実行班になってしまったから。



 しかし俺も料理が得意なわけではない。特異な存在を相手にするのは得意かもしれないが。いや前言撤回するわ。得意なんて宣言した日には魑魅魍魎が増える可能性がある。言霊的に考えて。



「それじゃあ作るわよ」

「ご教授お願いします先生」

「やめて」



 本当に嫌そうに顔をしかめ雪花は眉をひそめた。いーっと口を開き、おまけに「あかんべえ」と言葉まで添えて。ゾンビのくせに若干様になっている。



 どうやら彼女も文化祭で料理をすることになったそうで、姉妹間ネットワークの力によってその情報を察知した菜々花は、「これはチャンスですよ化野さん!」と雪花に協力を要請した。そのため俺と菜々花は雪花に〝たこ焼きづくり〟を教えてもらうはずだったのだが、不幸にも用事が入ってしまったとかで、本日は菜々花不在である。



「化野は多少できるんでしょ?」

「普通の料理は。たこ焼きは自信ない」

「そんなに難しくないわよ」



 控えめな大きさのたこ焼き器を持ち出して、



「でも本当に面倒臭いのは、片付けとか鰹節とかをかけることよ。いちいち一個一個ずつにかけなくちゃいけないもの。ひっくり返すだけだったら小学生でもできるわ」



 と雪花はため息をついた。



「へぇ」

「あと恥ずかしいわ」

「まぁ他にたこ焼き器を持ち出してるやついないからね」

「冷静なふりしてるけど、実際は火が出そうなの」

「葬儀くらいは行くよ」

「道連れにするわ。一緒の墓に入ってもいいわよ?」

「遠慮しとく」



 冗談交じりの彼女の言葉に、こちらも冗談交じりの――あるいは本気と書いてマジと読むタイプの――言葉を返した。たこ焼きの練習をするのだから、必要な機材はおのずと絞られる。たこ焼き器だ。およそ調理室には似つかわしくない。



 ごとん、と音を立てて机の上に置いたとき、周りの生徒達からどよめきの声があがったのを、二人して必死に無視していた。こんなことだったら家でやればよかった。なにも考えずに調理室に来るのではなく。



「……私もう心が折れそうだわ」

「たこ焼き器を設置するだけでこれだからな……」

「焼き始めたらどうなるのかしら」

「ネロ帝が出てくるんじゃない」

「さすがにそこまでは勘弁してほしいわ」



 雪花は肩から滑り落ちた髪を耳にかけ、箱から取り出したたこ焼き器のプラグをコンセントに差し込んだ。「おぉ……」というざわめきが広がる。俺達は意識して無視した。



 ◇



 学校内はすっかり文化祭の浮ついた空気に支配されるようになり、今日と明日は授業が完全になくなって、文化祭の準備に追われることになる。校門には実行委員によってアーチが作られ、来場者を歓迎することになるのだが……。



「この雨じゃ作業進まないよな」

「でしょうね」



 他に誰もいない図書室で俺達は駄弁っていた。相手は昆虫だ。ジガバチ系文学少女、逆瀬川さかせがわ美穂みほ。本日も文学少女らしい格好で文庫本を読んでいる。



 窓の外を眺めてみると台風の影響で強い雨が降っていた。天気予報によると夜の九時くらいまで止まないらしい。少しずつ作られていたとは言え、明後日から来場者が来るのに、ここまで作業が止まっては難しいだろう。



「と思うじゃないですか」



 すると文庫本から視線を上げた美穂が、昆虫特有の複眼でもってこちらに視線を向けてきた。



「うん」

「実は例年こんな感じでですね」

「えぇ……」



 どうやら毎年同じ時期に文化祭を開催するものだから、毎年台風に襲われているようであった。ゆえに実行委員はすっかり慣れきっており、「今日も泊まっていくかー」と額に鉢巻を巻いていたそう。



「泊まっても大丈夫なものなの?」

「駄目ですよ?」



 だから暗黙の了解みたいなものですね、警備員さんと命がけのかくれんぼをするそうです、と美穂は記憶の中の詩歌でも読み上げるように口ずさんだ。

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