ついに文化祭は明日に迫り、完成したと思われた我がクラスのたこ焼き屋であるが、実はパーツが足りていないと発覚したのが先程のこと。学校全体の準備もほとんど終了し、なんと資材が不足していたのだけれども、さすがに完成しないままに文化祭へ突入するのも問題である。
ゆえに俺を含めたクラスメイト達は方方に散らばり、段ボールだとかいろいろな材料を集めているのだ。
「わかった?」
「わかったぁ」
「じゃあ手を離そうか」
文化祭においてステージイベントというものが存在するが、応援部はそれに参加するらしい。体育館にペンキなど転がっていないかしら、と不用心にも訪れてしまった俺は、塵の化け物に捕まっていた。
「まぁまぁ」
「これから応援部の練習なんでしょ」
「そうやけど……曜君が見てってくれたら、うち……えらい嬉しいなぁ」
「さようか」
こちらとしては塵の化け物――
中には以前お話をした田中さんも含まれている。彼女はいたずらっぽい表情を浮かべ、「私は
「須佐美さん」
「おん」
「部活のみなさんが熱い視線を送ってきているよ。やっぱ練習に戻らないと駄目じゃないかな。明日が晴れ舞台でしょ?」
俺は須佐美さんのことを思って言葉を発した。もしかすると〝帰りたい〟という気持ちが若干含まれていたかもしれないが、それはあくまでも極々小さな割合だ。大体九割くらいだろうか。
「……ん、メールや」
「誰から?」
「草壁のおっきなほう」
嫌な予感がした。
ポケットから取り出されたスマホに、否が応でも視線が吸い寄せられる。
「……なるほど」
「なんだって?」
「クラスの準備終わったって」
「なぜそんな連絡を??」
もしや菜々花はこちらをどこかしらから覗いているのではないか。反射的にあたりを見渡してみたが、現在も変わらず初々しいカップルを眺めるような目を向けてくる応援部の皆さんしか、広い体育館には影がなかった。
「曜くん最初からクラスのこと気にしとったやん。そやさかいうち、草壁はんに質問しとってん。『準備は終わったか?』って」
「なんてことを」
たしかに須佐美さんに捕まっていたのは五分から十分は行かないくらいの時間だ。それだけの時間があったら、一応は現代の若者という区分に入れられる草壁菜々花は、スマホでもって連絡を返してくるだろう。
ずいぶんと嬉しそうな雰囲気を醸し出す彼女に、しかし俺は憂鬱な表情しか返すことができなかった。なぜなら須佐美さんは化け物だから。どうして化け物と一緒に過ごして陽気な気分になることができようか、いや陽気な気分にはなれない。
「あ、ねぇねぇ陽子の彼氏」
横合いからそんな訳のわからない言葉で話しかけてきたのは、詰襟に体を窮屈そうに収めている田中さんだ。だからというわけではないが——主な理由としては彼女が人間であるという、唯一にして絶対のものがあげられる——俺は少々ドキッとした。あるいはとんでもないことを言われたことによるショックかもしれない。
「彼氏じゃないけど、なんですか」
「はっはっは、またまた」
「須佐美さんヘルプ」
「うちら
「まだ?」
聞き捨てならない発言に過敏に反応する。
須佐美さんはさり気なく視線を逸らした。化け物である彼女に双眸は存在しないが、なんとなく。
じぃぃと追撃をするも、生暖かい田中さんの笑いに気付き、これは勘違いを助長してしまうと諦めた。
「やっぱり初々しいねぇ」
「なにを指してその表現をしているのか」
「ふふ、お互いに『くん』とか『さん』とか付けちゃって」
「それくらいの距離感だからね」
「詰めていけるといいね」
私は清純な不純異性交遊を推奨していますぞ、と意味不明なことを田中さんはのたまって、何事かを須佐美さんの耳元に囁いていく。
こちらには一切届かなかったのだけれども、どうにも須佐美さんの情緒を大いに乱したようで、「なにあほなこと言うてんねん!」と袖を振りまわしていた。
「……はぁ、はぁ」
「お疲れ様」
「ほんま疲れたわ」
肩で息をする彼女に労いの声をかけて、
「もうあれでしょ、そろそろ練習したくなってきたよね」
「曜君と雑談に興じる?」
「応援の」
「私は二人の仲を応援してるよー!!」などとステージの方から聞こえてくる、元気はつらつ悪意満点な田中さんの声は、二人して無視することにした。彼女に意識を割いていると一生話が進まない。
「曜君」
「ん」
「時計見て」
体育館の壁に設置されている時計を指さしながら、須佐美さんは首を傾げる。どうして彼女がそんな動きをするのかわからなくて、俺も首を傾げた。調子の悪い鏡みたいな光景。
「時間切れやで」
「なにが——」
練習始めるぞォ! なんて声が響いたのはその瞬間だった。
ちらりと見ると応援部の部長らしい。
長い髪を撫でつけてオールバックにしている。
なるほど。
「図ったな」
「楽しゅうおしゃべりしとっただけやん」
須佐美さんは悪意の欠片もなく、ころころと喉を鳴らした。
……まぁ、そんなこんなで俺は応援部の練習を見ていくことになってしまったわけだ。前も鑑賞したことがあるから、口には出さないが退屈なのではないかという疑問を持っていたのだが、実際のところは異なる演舞を披露してくれた。結構楽しかったのが悔しい。まるで彼女の狙い通りになっているようで。