目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

文化祭

 本日は快晴なり。絶好の文化祭日和である。なんとか完成に間に合ったアーチを眺めて、俺は九月とはいえ強い日差しに耐えながら、我がクラスのたこ焼き屋へ人を呼び込んでいた。すでに文化祭が始まって一時間が経過していたが、数十人ほど購入してくれたようだ。



「化野さん」

「ん」

「交代の時間ですよ」

「了解」

「あとこれ先生からです」



 間違っても文化祭にいてはいけない見た目をしているクラスメイトこと、草壁くさかべ菜々花ななかがこちらに声をかけてくる。彼女は結露をまとった缶ジュースを手渡してきた。



 ありがたくそれを受け取り、呷る。

 あまりの冷たさに頭が痛い。

 しかし視界が鮮明になった。



「じゃああとは私に任せて下さい」

「任せた」



 自分の次の担当が菜々花だったので、そのまま手に持っていた段ボール製の看板を預けて、晴れて自由の身となった俺は伸びをする。さてさて浪客ろうかくとなってしまったわけだが、一体全体どこへ遊びに行くのが最善だろうか。



 とりあえずは日差しから逃れようということで、校舎内に逃げ込んでパンフレットを取り出す。面白そうなものは……。



「なによその目は」

「ホラー映画で最初に死ぬ人」

「どんな目?」

「こんな目」



 そのまま直視していると酷い目に合いそうな化け物がいたので、俺はさり気なく視線をそらして、なんだったらついでに場を去ろうとした。相手はゾンビである。いつ大事が起きるかわからない。危うきこと累卵るいらんのごとし。



 しかしゾンビ――草壁くさかべ雪花ゆなはそう簡単に逃がしてくれないようで、普通に追いかけられた挙げ句手を掴まれた。ホラー映画であるような「ガッ」みたいな感じではなく恋愛映画であるような「ふわっ」みたいな感じで。



「なに」

「暇でしょ?」

「まぁ、暇だね」

「じゃあ私のクラス来なさいよ」



 雪花は首からぶら下げていた看板を指差すと――文字通り看板を首から下げている。段ボールだから重さなどの問題はないのだろうが、見た目が世紀末過ぎて面白い。これで俺の方に来なければ最高である――、案内をするように足を進め始めた。



 こちらとしても特段抵抗する理由がない。ゆえに大人しくついて行ったのだが、たどり着いた目的地が「お化け屋敷」なんて堂々と喧伝しているものだから、隣に立っている人物のことを考えると嫌な予感しかしなかった。



「雪花」

「なに」

「お化け屋敷やってるんだ」

「そうよ。意外?」

「似合いすぎてて怖い」

「ありが……いや、それ褒め言葉?」

「解釈による」



 ゾンビがお化け屋敷をやっているのなんてお誂え向きであるが、もしかすると歩く死体と亡霊は区分が違うかもしれないので、詳しくない俺は無駄なことを言うのをやめた。とりあえずイメージはバッチリである。



 雪花に誘われて教室の中へ。カーテンによって外の光はある程度遮られ、加えて段ボールやらなにやらで作られた通路。始めは結構な低さの入口を通されて脅かし役の生徒が突如として飛び出してくる。



 けれども普段から化け物と交流している身としては、たしかに突然現れたら驚きはするものの、恐ろしいかと言われたら首を傾げざるを得ない。そもそも隣に死体がいるのだ。これ以上に怖い存在なんて世界広しといえども、そうそういないだろう。



「化野」

「ん」

「あんたって怖いの得意?」

「苦手ではないかな」



 どれくらい苦手ではないかと言うと、ゾンビと一緒にお出かけをしたり海に遊びに行ったりできるくらいである。自分のことながら頭がおかしいんじゃないかと思う。



 おそらく最後の脅かし役だと推定される生徒の声が嫋嫋じょうじょうと後ろ髪を引っ張ってくるが、回転率を上げるためであろう、まだ俺達がアトラクションを終えていないのに背後から別の組が歩いてきていた。ゆえに留まるわけにも行かない。申し訳無さを感じつつも普通に出口へ。



「どうだった?」

「すごかった」



 文化祭なのだからアトラクションを用意できる場所は教室くらいしかないのだが、普段授業を受けている教室がこんなにも広かったのか、と思うくらいお化け屋敷の設計はしっかりしていた。



 雪花は俺の回答に満足したのか莞爾かんじとして笑い、「名残惜しいけど私もこれからシフトに入らないといけないから」と腕をゆらゆらと振りながら教室へ戻っていく。彼女がお化け役をやるとなると恐怖レベルが指数関数的に増加するだろう。なぜなら本物のゾンビだから。そんじょそこらのパチモンと一緒にしてはいけない。



 これからお化け屋敷を体験する人たちに胸中で合掌し、俺は新たな場所を求めて歩き始めた。

 いざゆかん新天地へ。

















「それで荷物が多いんですね」

「意外と楽しくなっちゃって」

「だいぶ楽しんだようで」



 この学校の文化祭は県内トップ、それどころか全国有数規模らしく来場者数は二日間で一万人弱にのぼり、当然それほどの景品が用意されていた。というかした。学校から支給される金額では到底足りないから、生徒たちの共同出資で。



 さすがに立派なものを用意するのは不可能であるが、こじんまりとした菓子程度ならば十分に可能である。ゆえに各教室の展示はほとんどが景品として菓子を提示しており、いくつか回った頃にはポケットが埋まるくらいの量になっていたのだ。



「忘れられてたんじゃないかって心配しましたよ」



 そう言って、逆瀬川さかせがわ美穂みほは椅子から立ち上がった。



「手伝ってくださるんですよね? 作業を説明します」

「お手柔らかに」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?