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文化祭3

 不幸にもたこ焼き実行班となってしまった俺であるが、そこは草壁菜々花および比較的見知った仲の連中を調理室に突っ込むことによって、他にもたこ焼きを作れるやつを増やしたので、文化祭一日目で仕事は終わった。たしかに自分の作ったものが売れていくというのは意外に楽しかったけれども、だからといって終日どころか連日仕事に没頭するのは勘弁願いたい。



 そして、ようやっと自由を手に入れた俺は、なんの因果かジガバチと二日目の文化祭を回っていた。



「雰囲気が違いますね」

「さすがにお祭り騒ぎだから」

「装飾もすごいです……」



 ジガバチ系文学少女こと逆瀬川美穂は、人の多く詰め込まれた廊下を歩きながら、物珍しそうにきょろきょろと触角を揺らしている。普通に考えればこの光景はパニック映画の序盤なのだが、ボタンを掛け違えてしまったのか、日常系学園モノのフリをしているのだ。不思議。



「作業って二日間でしたよね」

「うん」



 文化祭にかける準備期間は、祭りの前日とさらに前の日の、計二日間だ。実際には三日前の午後から作業は始まっていたのだけれども、その日は前夜祭なるイベントが開催されていたゆえに、ほとんど作業は進んでいない。前夜祭なのに三日前に開かれた。



「それなのに……これだけ」

「自分のクラスしか見てなかったけど、すごいね」

「黒板に描かれた絵って誰が書いてるんでしょう」

「そりゃ絵に自信がある人とか……」



 もしくはプロジェクターで黒板に画像を投射して、それをなぞったんじゃないの。などと続けようとした口は、ずいぶんと羨ましそうにしている美穂の表情によって遮られる。



「絵に自信、ですか」

「一応聞いておくんだけどさ」

「はい」

「美穂って自信あるの」

「ある……とは断言できませんけど」



 彼女は少々迷って、



「下手だとは言われたことがありません」

「あ、そう」



 俺は目元を押さえた。

 きっと憐れまれただけだ。

 あまりに下手すぎるから。

 美穂が絵を描くと化け物を生み出すから。



 どうして俺が急にそんな行動をしたのか理解不能だったのだろう、彼女は不思議そうに首を傾げる。追求されてもつまらないので適当にごまかして、ポケットに突っ込んだままになっていたパンフレットを取り出した。



「どこに行く?」

「うーん……体育館とか」

「体育館? ……あぁ、これ」

「なにかイベントをやっているみたいですね」



 しばらく悩んだ様子の美穂だったが、パンフレットの端に載せられているイベント情報を見て、体育館に興味を持ったようだ。そこにはミスコンだとかバンドだとかボディービルだとか書いてある。



「ボディービルが見たいの?」

「違いますよ!」

「じゃあミスコンに出る?」

「出ません!」



 というか出られないでしょう、と彼女はため息をついた。



須佐美すさみ陽子ようこ

「んごっほ、ん゛ん゛」

「大丈夫ですか?」

「問題ない」



 いくら冷房が効いているとはいえ人が多いために室温は高い。ゆえに乾いてしまった喉を潤すためにお茶を飲んでいたのだが、なんともまぁ知っている名前が美穂の口から出てきたものだから、思わずむせてしまって心配をかけた。



「……で、その須佐美さんがなんだって」

「実は友達なんですよ」

「へぇ」

「曜君も知ってますか?」

「知ってる」



 文学少女と応援部系女子に接点があるなど意外であったけれども、考えてみれば同じ化け物仲間である。おそらくこの世界で最も最悪なグループ分けが今誕生した。二人に面識があってもそこまで不思議ではないか。



「陽子は応援部に所属してるんです」

「らしいね」

「だから見に行きたいな、と」



 まるで「友達と一緒に遊んでいたら相手側の知り合いがやってきて、こちらは面識がないから気まずい思いをしているが、友達はどうにも関係が深いらしく楽しそう」みたいな状況を作り出すことに申し訳無さを感じているように、謝罪の念をにじませながらうつむく美穂。



 ジガバチのくせして感情表現が豊かだな。

 あるいは俺が読心能力じみた読解力を手に入れたのか。



「大丈夫」

「でも……やっぱり」

「須佐美さんは友達だから」

「………………ほぉ」

「気まずい思いはしないよ」

「なるほど……なるほど?」



 だから彼女を安心させるために優しい言葉をかけてみたのだが、どうにも様子がおかしい。具体的にはいつも冷たい印象を受ける複眼が、液体窒素でも飲み込んだかのように冷たくなっている。際限なく、どこまでも。



 しかし純粋な冷たさかというとそうでもなく、どことなく温かみのある――というよりも、困惑や嫉妬心を感じた。



「曜君」

「ん」

「NTRってこういうことですかね」

「やめなさい」



 割ととんでもないことを言い出したので、周りの視線が気になった俺は、人の波に逆らうようにして休憩スペースへ歩きだす。数十秒ほどで階段脇に設けられたエリアに到着したが、美穂はいまだに首を傾げていた。まだ続けるつもりか。



「さて……私は一体どちらに……」

「そういえば明日の天気知ってる?」

「ごまかし方下手すぎません?」

「雨らしいよ。雷を伴った」



 記憶の片隅に残っていた情報で彼女の気を引く。

 美穂はなぜか肩を竦めていたが。


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