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文化祭5

 体育館を離れ現在野外ステージ。

 今行われているのはミスコンだ。

 さすがに水着などは着用していないが、各々が最も自分を魅せられると理解している格好にて挑んでいる。



 あたりからは怒号のような応援と、あるいは悲鳴のごとき嘆息が度々漏れる。舞台はすでに中盤どころか終盤に差し迫り、まもなく終了しようとしていた……。



『さァて次の挑戦者はなんとォ!! 頭脳明晰で運動神経抜群、その目を奪う金髪のうねりは皆様もよくご存知のことでしょう!! 我々文化祭実行委員イベント班も彼女の応募があったときは度肝を抜かれたァ! エントリナンバー八番、草壁くさかべ雪花ゆなァァ――!!!』



 ウワァァァァァァァァァァァァ!!!?

 と観客たちのボルテージは最高潮に達する。

 対照的に俺の表情からは温度が失われていった。

 なにしてんだあいつ。



 ほとんどゼロに近い可能性――つまり「なにかの間違いで同姓同名の生徒がこの学校には在籍していて、本当に神様が仕組んだとしか思えない偶然でその生徒は金髪である」という藁にすがろうと思ったが、悠々と歩いてきたやつが明らかにゾンビであったから、俺は諦めて全力でため息をつくに留まる。



 本当になにしてんだあいつ。



「……あれ、草壁雪花さんですよね」

「まぁ俺達が集団幻覚を見てるんじゃなかったら」

「むしろ見ていたいですね」

「考えたくないもんな」



 隣で座っていた逆瀬川美穂は、おそらく過去の因縁もあるのだろうが、思い切り顔をしかめて、ついでに肩を竦めていた。やはり昆虫のくせに感情表現が豊か。もしかすると自分よりもよほど。



 誰がミスコンに参加していようが勝手だけれども、少なくともゾンビに関しては周りの迷惑にもなるし、参加したい気持ちをぐっと抑えて控えてほしかった。現に俺は先程まで上がっていたテンションが、急速に下がっていくのを感じている。



『じゃあまずは自己紹介からァ――!!』



 反対にまわりは盛り上がっていく。

 それを冷たく観察する二人。

 舞台上の雪花と視線があった気がした。

 ウインクまでされたから多分気のせいじゃない。



「うおっ、見た!? 俺にウインクしてくれたぜ!?」

「馬っ鹿ちげぇよ。俺にしてくれたんだよ」

「お前みたいなクソ童貞野郎に草壁雪花さんがしてくれるわけないだろ」

「ブーメランって知ってるか?」



 後ろの席に座っている男子生徒達が言い合っている。

 自分に大量破壊兵器じみたウインクが向けられたとは考えたくないから、彼らの発言を全面的に肯定しよう。

 俺はそっと目を瞑った。



 それからもミスコンは進行していき、やがて雪花の出番が終了したとき、今までの参加者とは比べ物にならない拍手が彼女を見送った。雪花の性格的に気持ちよくてしょうがないだろう。こちらはげんなりしているが。



 そして雪花が最後の参加者だったのか、テンションが異常に高い実況をしていた文化祭実行委員の男子生徒が、今度は逆に異常なほど冷静に『これにてミスコンアルファの部は終了です。他にも皆様が楽しめる催し物が多数用意されておりますので、ぜひ遊んでいってください』と締めくくる。



 ミスコンにはアルファとベータの二つの時間帯で開催され、最終的に得票数の多かった人物が優勝になるらしい。あの反応を見るに――屈辱的であるものの――雪花のアルファ部門における優勝はかたいだろう。



「……じゃあ、そういうことらしいから」

「……そうですね、行きましょうか」



 俺と美穂は互いに目配せをし合った。

 早急にこの場を離れよう。

 なにか嫌な予感がしたのだ。



 そして嫌な予感というのは――認めたくないほどに――当たってしまうもので、ミスコン用の衣装であろう衣服を身にまとったままで、草壁雪花がこちらまで歩いてきた。優勝候補が近づいてくるのだから当然ざわめきは広がる。



「ねぇ化野」

「…………呼んでるよ」

「えぇ私ですか!?」



 俺は彼女と接したくなかったので、「化野」という呼びかけを隣の化け物に押し付けることにした。

 化け物には化け物をぶつけるんだよ。

 美穂は驚いたように少し飛び跳ねていたが。



「……私が化野……つまり結婚……?」

「なに馬鹿なこと言ってるのよ」

「ちょっと雪花さんは黙っていてください。今いいところなんです」

なにが・・・よ」



 俺は完全に耳を塞いでいたので彼女らがどんな話をしたか知らない。けれども、少なくとも愉快な話ではなかっただろう。二人の間に火花の幻覚を見たし。



 ようやっと話が終了したか、雪花がこちらに視線を向けて、



「化野」

「ん」

「どうだった?」

「なにが」

「私の晴れ舞台よ」



 ゾンビのくせに堂々とお日様の下に出てんじゃねぇよ、って思った。

 なんて言ったら殺されると確信していたので、俺は莞爾かんじとして笑う。



「似合ってたよ」

「そ、そう!? まぁぜんぜん嬉しくないけどね!?」

「じゃあなんで聞いたんですか……」



 ぼそっと、美穂が毒を吐いた。

 どうせ嬉しいんですよ、ツンデレですから。

 などと追加もして。



「じゃあ私、これからも準備があるから」

「ああ行っといで……」



 おそらく相当な無理というか強引にこちらまで来ていたのだろう、雪花は慌てたように舞台袖へと戻っていく。



「…………これもまたNTR、ですか。でも気持ちよくありません…………まさか、嫉妬……」



 隣でブツブツと呟いているジガバチがいたが、俺はあまりにも彼女に恐怖を覚えていたから、再び耳を塞ぐことにした。

 なにも聞いてないよ。



「曜君」

「ん」

「今度こそ行きましょうか……」

「うん」



 なんらかの衝動と戦っていた彼女は、なんらかの形で自分の中の決着が付いたらしく、いっそ清々しいまでの笑顔で脚を差し出してくる。もはや化け物のエスコートに慣れてしまった自分は躊躇なく脚を取った。優しく引いて立ち上がる。



「どこに行きます……?」

「どこでも」



 美穂の好きなところへ。

 俺が決定権を彼女に放り投げると、困ったように触角が揺れた。

 迷った脚がパンフレット上を滑っていく。











 ――まぁ、そんなこんなで。

 色々あった文化祭は、終わりを迎えていくのであった。

 雪花のライバルが登場したり、後夜祭だとかのイベントもあったが、それはまた別の話で。

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