目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

山のようなジェットコースター

 遊園地に到着した。

 近くに大きな山が見える。

 やはりそれを名前に関している以上、麓にあるのは当然ということだろうか。



 俺はテンション高くはしゃいでいる妹に肩を竦めつつ、いまだ開いていないというのに長過ぎる列を前にして、遊園地に入る前から憂鬱な気分になった。



「お兄ちゃん」

「ん」

「楽しまないと損だよ」

「まぁ、でも、なぁ……」



 口ごもる。

 彼女は不思議そうに首を傾げるばかりだ。



「俺、傍から見たら一人で遊園地に来てることになるだろ。別に一人ぼっちじゃ行動できないとかではないけどさ、周りを気にせず喋ることもできないし」

「私は気にしないよ」

「自分と世間が気にするんだよ」



 楽観的というか、あるいはこちらの気苦労を知らないのか。

 妹は楽しげに触手を振る。

 不思議な感触のそれが頬にあたって邪魔くさい。

 虫でも払うような仕草で弾き飛ばしたら、



「あっ! お兄ちゃん!」

「なに」

「いたいけな乙女に暴力を振るうなんていけないんだ」

「どこにいるんだよ」

「目の前にいるよ」

「じゃあいねぇよ」



 ぶーぶーと文句がうるさい妹は放っておいて、ようやく列が動き始めたから前に進む。あたりを見渡せば当然のことながら家族やカップルばかり。一人でぶつぶつと呟きながら歩いている危険なやつという自覚はある。いや自認はしていないが。客観的に見て。



 遊園地内に入ると、まずはなんらかのモチーフがあるであろう街並みが出迎えてくれ、しかし人々はすべてを無視して前に前にと進む。俺としては結構興味があったので観察したかったのだが、アトラクションに乗りたいらしい妹がしきりに急かしてくるものだから、仕方なく無視をせざるを得なかった。申し訳ない。



 そして先程くぐってきたものが入場門だと思ったら、なんとまたしても門がある。今度は手荷物検査を受けるようだ。近くにチケット売り場もある。入場するときにチケットを買わないな、と不思議に思っていがそういうことか。



 チケットを購入して、手荷物検査は大したものを持ってきていなかったのですぐに終わった。



「お兄ちゃん」

「あれは……?」

「なんで皆止まっているんだろうな」

「聞いてみようよ」



 第二の門を通った先に人々が集まっている。

 俺達は首を傾げて、そちらを眺めてみた。

 なにか面白いものがあるのだろうか。



「……テープ?」

「開いてないみたいだな」

「ここまで来て!? ……あ、でも中に入っていっている人もいる」

「多分事前入場チケットみたいなものがあるんじゃないか」

「お兄ちゃんは買ってないの?」

「高校生の資金力を舐めないでほしい」



 こちらはバイトもしていないのである。

 ……どうやら夏休みを終えてバイトが解禁されたようだから、始めてみるのもいいかもしれない。なぜか最近出費が多いので。主な原因としては化け物と一緒に出かけていることがあげられる。



 しばらく待つとテープが撤去された。

 周りの人達は一目散に駆け出していく。

 従業員さんの「走らないで下さい」という言葉は完全に無視して。



 どこか必死な大人の振る舞いに、むしろ子供のほうが冷めた目線を送っているような気がした。



「どこ行くの?」

「俺も初めてだから……」

「初めてどうし、だね」

「そりゃそうだろ」

「反応が適当!」



 なにも意図が込められていない適当な言葉になど、適当な言葉を返すに限る。俺は一切の思考時間を使わずに彼女へ返答すると、とりあえず人の波の流れに逆らうこともなく、一番最初に見えてきたアトラクションに並ぶことにした。



「お兄ちゃん」

「ん」

「なんか世界最大級らしいよ」

「そう書いてあるな」



 並んでいると壁に貼られている看板が自然と目に入る。そこにはデカデカと『体調に問題のある人は搭乗を控えて下さい』などと書いてあった。下に世界最大級のジェットコースターという文字も。



「私乗れるかな」

「…………」

「お兄ちゃん?」

「……ワクワクしてきた」

「お兄ちゃんが笑ってるの初めて見た!」

「そこまで鉄仮面じゃない」



 ずいぶんと失礼なことを真面目な雰囲気で言うものだから、俺は思わず妹に手刀を繰り出しかけ、しかし途中で周囲にどう思われるかに考えが至ったのでやめる。攻撃を食らうものだと思っていたのか、妹は不定形の体から器用に疑問の雰囲気を醸し出して、どこにあるかもわからない口を開いた。



「どうしたの?」

「いや、空中に手刀ってやばいな、と」

「今更……?」



 だって今までも私と楽しくおしゃべりしてたじゃん。と彼女は――おそらく――肩を竦める。



 諸悪の根源であるところの人物に言われると釈然としないものがあるが、それに文句を言うのも不都合なので、黙って彼女を胸に抱きアイアンクローを仕掛けるしかなかった。



「痛い痛い痛い痛いっ! 攻撃しないんじゃなかったの!?」

「隠せばバレないかなって」

「あぎゃあああああああ!!!」



 そんなことをしていると自分たちの番が来る。



「ドキドキしてきたよ」

「俺はスタッフの目にドキドキした」

「あぁ、あの可哀想な人を見る目」

「心に来た……」



 乗車場に備え付けられているロッカーに荷物を放り込んで、運のいいことに最も前だった席に座った。もちろん妹は他の人の目には見えないから、隣は空席だ。



「私どうしよう」

「頑張って捕まってる……というのは」

「無理だよ。最高速度百何十キロらしいし、非力な乙女は吹き飛ばされちゃう」

「じゃあこうするか」



 仕方がないので俺は妹を抱きしめて、膝の上に置くことにした。ちょうど荷物のように。彼女はアワアワと慌て始め、



「ちょ、お兄ちゃん、大胆……!」

「必要に迫られてやってるだけ」

「にしては顔が赤く……赤く……なって、ない……っ!?」

「だから言っただろ」



 どうして化け物相手に照れる必要があるだろうか。しかも相手は妹である。血のつながった――いや別につながってないのだが、それでも妹だ。家族なのである。間違っても顔を赤くすることなどない。



 ガタガタガタ……。

 とジェットコースターが動き始めた。

 悲鳴じみたどよめきが客席から聞こえてくる。



「わっ! 出発だ」

「楽しみだな」

「私はもう怖くなってきたよ……」



 妹の震えが、直に伝わってきた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?