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映画は詐欺だし相手も見た目詐欺だし

「うちなぁ」

「うん」

「なかなか嫉妬深い女の子なんやわぁ」

「へぇ」

「そこのとこ、なんか感じたりしいひんの?」

「……さぁ?」



 まず女の子とやらは一体どこにいるんだ、と質問しようとしてみたが、傍から見れば紛うことなき美少女なうえ自認も――おそらくは――美少女であろうから、俺は陽子に一切の言葉を返せなかった。



「曜君」

「ん」

「ご無沙汰やな」

「かもね」

「どれくらい久しぶりか数え上げてみよか? ヤンデレみたいに。曜君はヤンデレ好き?」



 彼女はあいも変わらず塵な見た目を隠すこともなく、和を基調としつつも現代的な印象を与える服装をしている。



「別に」

「ほなやめとくね」



 妹と遊園地に行った数日後。

 冬休みだし俺は自室でゴロゴロしていた。

 たまに勉強をして、ほとんど遊び呆ける。

 実に高校生らしい生活ではないか。



 しかしスマホに連絡が入った。

 この時点で嫌な予感はしていたのだ。

 だって化け物からしか連絡来ないし。



 おどおどろしい通知音に辟易しつつ、メールアプリを開いてみれば――。



『映画行こ』



 と形容しがたい顔文字とともに書いてあった。



「でさ」

「ん?」

「映画といっても、なにが見たいとかあるの」



 冷たい空気に息を白くしながら、映画館に向かう道中の俺は問いかける。横目で陽子の姿を伺ってみれば可愛らしく首を傾げていた。あくまでも可愛いのは雰囲気だけだ。目を瞑っていれば可愛い。開いたら阿鼻叫喚。



「プリキュアとか」

「えぇ……」

「悪い?」

「まぁ悪いか悪くないかで言ったら、世間体が悪いけど」

「冗談やわぁ」



 陽子は人間でいうところの口元を隠す。



「実際のところは?」

「そらもう、男と女がおるんやで? 解は一つ」

「探偵のやつか」

「恋愛映画やわぁ」



 曜君は察しが悪いなぁ。

 と彼女は喉を鳴らした。

 下駄を転がしたように、からころと。



 道中に問題もなく無事に映画館へ到着した俺達は、陽子が見たいらしい物を選んで入場する。



「……意味深だなぁ」

「なにがぁ?」

「タイトル」



 そう言って、パンフレットを指差した。



「『和風美人な京都ガールが隣の家に引っ越してきただけじゃなく、どうやら許嫁だったようで波乱万丈な日常が始まるようです』……って、この二人の組み合わせだと深い意味合いが生まれない?」



 しかも恋愛映画というか。

 言葉を選べばアニメ映画である。

 劇場版、を冠詞にしている。

 つまりなんらかのアニメの、続編だか過去編だかなのだろう。

 履修していない俺にはハードルが高かった。



「そうかいな?」

「そうだよ」

「曜君は些細なことを気にすんにゃ」

「あと陽子ってこういうのが好きなの?」

「いやぁ?」



 実はうちも初めて。

 などと信じられないことをのたまう。



「これ劇場版って書いてあるけど」

「あるなぁ」

「どっちも原作見てないの?」



 なにをしているのだろうか。

 完全にタイトルだけで選んだ感がする。



 そうこうしているうちに時間が経過していたようで、館内の電気がなくなり映画が流れ始めた。必然、二人の間に沈黙が落ちる。視線はただスクリーンへ。



 一応は恋愛映画の範疇に入るためか、『和風美人な京都ガールが隣の家に引っ越してきただけじゃなく、どうやら許嫁だったようで波乱万丈な日常が始まるようです』なんて軽そうなタイトルにもかかわらず、結構感動的なシーンが流れ始めた。



「……っ」



 陽子は静かに体を跳ねさせる。

 横目で眺めると感動しているようだ。

 ぎゅっと拳を握りしめ、もう片方の手が肘置きにあった俺の手とぶつかる。



「あっ」

「お構いなく」

「……ほな」



 別に「握っても大丈夫ですよ」という意味ではなかったのだが。



 ほのかに温かい――見た目は純度百パーセントのゴミなのに――彼女の手が、こちらの指に絡みついてきた。ふわふわとしている。あるいはザラザラとしている。どちらにせよ人間的ではない。



 俺は本棚の隙間に指を突っ込んだら埃だらけだった、という光景を幻視し、本来であれば高鳴ったはずの心臓は沈黙を保っていた。



 結局映画が終わるまで手はその状態であり、席を立つ頃には冬とはいえ体温によって温められたせいで、若干汗ばんでいた。そのせいでより一層鋭く差し込んでくる冬の空気に眉をしかめつつ、俺は振り返る。



「で」

「ん」

「どうだった?」

「予想外だったわぁ」



 陽子はわずかに声を震わせた。

 まるで泣きかけているように。



「まぁ予想外ではあったよね」

「まさかヒロイン死んでまうなんて……」

「しかも登場した幼馴染もほろ苦い恋心を抱いていたし」

「結局誰ともくっつかないとは」



 あの映画はタイトル詐欺だった。

 ラブコメを期待した視聴者に、圧倒的な寂寥感を与えてきたのだ。

 新海誠の作品のごとく。



「うち泣いてまうわ」

「見ないようにしようか?」

「気遣いの方向音痴やなぁ」



 彼女は唇を尖らせる。



「女の子がこう言ったときはな、優しゅう抱きしめたるのんができる男の子の振る舞いやわぁ」

「俺の胸の中で泣けって? キザすぎるでしょ」

「……たしかに曜君には向いてへんわ。七五三みたいな微笑ましさを感じてまう」

「その抜身のナイフしまってくれる? 心が痛いんだよね」



 暗に「お前にはかっこいい行動はできないよ」と言われたようで。

 いや実際に言われているのだろうけども。



 その後は一緒にご飯を食べて先程の映画についての感想を語り合って、気が付くと暗くなっていた空に二人顔を見合わせ、苦笑――若干一名は表情どころか顔が存在しないため予想ではあるが――する。



「ほな」

「じゃあね」

「また近い内に遊ぼうなぁ」

「行けたら行く」

「誘ってもいーひんうちに断られるなんて、この世界には珍しゅうことがぎょうさんあるんやなぁ」



 陽子は口元に手を当てて笑った。

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