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ゾンビとおしゃれなコーヒーショップ

「私の渾身のジェスチャーを無視するとはいい度胸してるじゃない」

「いやエジプトの壁画みたいな動きをされても」



 昼休みになり、雪花が不満げに教室へ乗り込んできた。

 窓枠にもたれかかりながらブツブツと呟いている。

 可愛さの一切感じられないゾンビに文句を言われるとは、一体俺は前世でどんな悪行三昧をしてきたのだろうか。



「まぁ完璧なボディーランゲージによって伝えたいことは理解できていると思うけど、一応口頭で言っておくわね。今日の放課後コーヒーを飲みに行きましょう」

「すごい。まったく想像もしてなかった」



 あの動きから「カフェに行こうぜ」なんて読み取れない。

 強いて言うなら〝おいら神話生物になれますぜ〟みたいな理解のできない意図くらいだ。動く死体だから否定はしきれないのである。



 隣で肉肉しい体をさらしている菜々花は、こちらの会話が気になっている様子だ。しかし声はかけてこない。

 数日前から彼女は何かを悩んでいるようなのだ。

 かといって繊細な出来事について思いを馳せている可能性も消せないので、尋ねる気も起きず、何について考えているのかは知らないが。



 雪花は金髪を背中に流し、



「放課後デートと認識してもらって差し支えないわ」

「俺は差し支えありまくりだから遠慮しとくね」

「それはお隣さんが引っ越しのお近づきに、って渡してきた蕎麦を拒否するようなものよ。円滑な人間関係を築くためにも認めておくのが無難ね」

「同じ言語を使ってるはずだよな? 微妙に会話が噛み合っていない気がする」



 どうにも強引だった。

 そんなにも行きたいのだろうか。



 まぁおしゃれなコーヒーショップに一人きりで行くのが怖いという気持ちもわかる。わかるけれども、動く死体なのだから、それくらいは軽々と達成してほしい。



 結局決定してしまった放課後の予定を思いながら授業を乗り切った。

 クラスメイトが楽しそうに友達と帰っている。

 しかし俺はこれからギリギリ腐乱してない死体と――本人曰く――放課後デートだ。まったく心が弾まなかった。



 のろのろと下駄箱に向かう。

 すでに雪花が壁に背を預けて待っていた。



「おまたせ、待った?」

「今来たところよ」



 彼女はすんと澄ました表情で歩き出し、俺は静かについていく。

 すると周りから嫉妬めいた視線を頂戴しているのに気付いた。

 ……すっかり忘れていたが、そういえば化け物連中は他人からすれば美少女なのであった。



 気まずさを乗り越えて校門をも超える。

 雪花は駅の方向へ舵を切った。



「化野はおしゃれで有名な喫茶店チェーンに足を運んだことがあるかしら」

「ないね」

「だと思ったわ。一人で行ったら追い出されそうな雰囲気だもの」

「どうして急に罵倒されたの?」

「私と一緒にいるのに全然動揺していないからよ。腹立つじゃない。一方的にドキドキしてるなんて」

「ドキドキはしてるけどね」



 無論マイナスの意味で。

 だが彼女は変な意味に捉えたようだ。



「……ふ、ふぅん? 何よ、あんたもドキドキしてるのね」

「そりゃあ一般的な男子高校生だったら」

「――へ、へぇ」



 いや、一般的な男子高校生に限らないか。

 普通の人間ならばドキドキする。

 今にも食い殺されそうな見た目をしたクリーチャーが真横にいたら。



 不思議なことに道中の会話はそれきりだった。

 俺は自分から話題を出すほどコミュニケーションを好んでいるわけではないし――別に嫌いではないが――、雪花はなぜかうつむいている。



 運のいいことに地面を眺めている彼女が誰かに当たるということもなく、有名喫茶店チェーンにたどり着くことができた。

 雪花は雰囲気を仕切り直すように咳払いをする。



「……ん、んん! さぁ目的地に到着したわ。化野のお手並みを拝見させてもらおうかしら。私は後ろからついていくわよ」

「え? 何、そういう感じなの」

「だって戸惑ってるあんたを助けたほうが好印象じゃない」

「意図を話したら台無しだよ」



 これが〝女心〟というやつなのだろうか。

 だとしたら一生理解出来なさそうだ。



 特に臆することもなく店内に入る。



「……ふむ、メニューの意味がわからん」

「あらあらあらあら。仕方がないわね、私が教えてあげる」

「腹立たしいなぁ」



 注文をしてみようとメニューを眺めてみたら、脳が理解を拒むほど横文字が踊っていた。

 明らかに注文者を混乱させようとしている気がする。

 それ以外にカタカナを増やしまくる必要性がない。



 結局、俺は白旗を上げた。

 コーヒーに特段の好みがあるわけでもないし、注文もすべて雪花にしてもらう。

 ニヤニヤと向けられる笑みがウザったい。



 店員さんに商品を頼んでいる雪花の背中を、不満を解消させるためにつんつん・・・・してみた。



「ダークモカチップフラペチーノのトール――でっ!? ……ん、私は抹茶クリームフラペチーノの――」



 思い切り睨みつけられる。

 さすがに終わりにしておくか。

 俺は両手をあげて降参宣言をした。



 渡されたトレーの上にはクリームやら茶色い粉やらがかかった甘そうな飲み物。雪花は全身からキラキラとした喜びを出し始める。



 適当な席に座ると、ストローを咥える前に彼女は言った。



「……その、ああいうの・・・・・はよくないと思うわ」

「ごめん」

「どうしてもしたいっていうなら、人目のないところでね?」

「もうしないよ」



 雪花は黙って強い眼差しを向けてきた。

 どうして?

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