おしゃれなコーヒーショップの主な利用目的は――少なくとも学生にとっては、飲み物を楽しむというよりも、友達との会話をこそ主眼に置いているらしい。
金髪を風になびかせて歩く雪花は、さらりとそう言った。
「恥ずかしかったわ」
「これからは考えなしに行動するのやめようね」
「あら、心外だわ。別に考えがなかったわけじゃないのよ。ただ想像していたよりも、自分が負うダメージが大きかっただけで」
「それを考えなしと言うんだよ」
お店から帰る道中。
雪花はいまだに目線を合わせようとしない。
「それと化野」
「ん?」
「〝これからは〟……ってことは、この次もあるという認識でいいのかしら。私の行きたいところに付き合ってくれる?」
「もちろん」
草壁雪花は友達である。
今は胸を張って断言できた。
友達と遊ぶ程度何ら支障はあるまい。
俺が言い切ってやると、彼女はそっと顔を背ける。
髪の隙間から覗く耳の色からして恥ずかしがっているのだろうか。
ゾンビは常に血色が悪いものだから、こうして血流が盛んなところは非常に目立つ。
まもなく春が来るとはいえ、まだまだ寒かった。
雪花はしきりに手のひらをこすり合わせている。
自分だけが手袋の恩恵に預かっていることが申し訳ない。
赤信号で立ち止まったところで俺はそれを外した。
一体何をしているのかしら、とでも思っているような雪花の訝しげな視線。
「寒いでしょ。はい」
「……貸してくれるの?」
「うん」
彼女はしばらく呆然とした様子で立っていた。
あまりに反応がないものだから疑問がよぎる。
はて。良かれと思ってしたのだが、もしかして気持ち悪かっただろうか。
しかし、どうやら違ったようで。
「――あ、ありがとうっ」
ずいぶんと素直に雪花は手袋を受け取った。
渡すときに「ぎゅっ」と両手を握りしめられた。
死体にそんなことをされれば鳥肌も立つ。
と思ったのだが、あるいは寒さのせいかもしれなかった。
化け物に慣れすぎて自分でもわからない。
鼻頭を赤くしながら、雪花は手袋を見つめる。
何の変哲もない黒いものを。
流れで仕方なく受け取ったものの、本当は着けたくないのかしら……と自虐じみた詫び言を述べようとしたとき、
「……温かいわ」
「ごめんね。体温残ってて気持ち悪かったよね」
「違う。そういうことじゃない」
彼女は柔らかく目を細めた。
装着した毛糸の手袋で口元を隠して、かすかに笑う。
「化野って、変なところで鈍感よね」
「自分では結構
「大体はね。少し鈍感ってだけよ」
暗くなりゆく空を眺める雪花は一体何を考えているのだろうか。
普段は比較的簡単に読み取れるのに、今ばかりは全然わからなかった。
背中で手を合わせるポーズをして、彼女は跳ねていく。
軽い動きについていくために俺も小走りになった。
それも楽しいようで、雪花は童女のように笑い声をあげる。
「うふふふふふふっ!」
「はぁ……はぁ……」
「あら、何? もう疲れたの?」
「雪花と一緒にしないでくれ……そっちは運動神経抜群かもしれないけど、俺はそんなに運動が得意じゃないんだ……」
学校帰りだから重たいカバンを背負っているのも理由の一つだ。
いや雪花も同じなんだが。
やはり化け物は――しかもゾンビなんてのは、体力に自信があるのだろうか。
死んでも動くくらいだから。
なぜか楽しげな彼女は悪戯げに口の端を緩める。
「じゃあ体力づくりに付き合ってあげるわよ」
「遠慮しとくよ……冬だし、寒いから」
「あら。そういうこと言ってるから体力が付かないのよ」
「耳が痛い」
取り留めもない雑談をしながら帰り道を歩く。
中学生の頃の自分に言ったら信じようとしないだろう。
お前は高校生になると、化け物と一緒に帰るようになるんだぞ、なんて。
今でも信じたくはないのだけど。
あと少しで道が分かれるというところで、俺はふとした疑問が湧いてきて、雪花に投げかけることにした。
「あのさ」
「何?」
「ここ数日菜々花が悩んでるみたいなんだけど、心当たりとかある?」
「あぁ……」
知っていそうな声だった。
呆れやらが混じり合った嘆息を、雪花は吐く。
「知ってるわ。嫌ってくらい知ってるわ。だって数日くらいずっとお姉ちゃんに相談されてるもの」
「俺が聞かないほうがいい感じのやつ?」
「うーん、問題ないと思うけど……」
彼女は顎に指を添えた。
「でも大丈夫よ」
「結構な悩みようだったよ」
「ただ意気地無しが一歩踏み出せていないだけだから」
「意気地なし?」
「多分あと少しで決心がつくはずよ。もうすぐで三学期も終わるから。数カ月間逃げ続けてきたことに向き合うときが来たの」
まったく意味がわからない。
まるで謎掛けのような雪花の言葉に、俺は首を傾げるしかなかった。
――ぽろりん。
するとそのとき、ポケットに突っ込んでいたスマホが鳴る。
自分に連絡をよこす相手など化け物しかいない。
嫌な予感がするものの、確認しないというわけにもいかなかった。
雪花は何かを悟ったように肩を竦めている。
「………………」
スマホの画面には、簡潔な文章が表示されていた。
内容は全然単純明快でないが。
『化野さん、春休みに私の実家に来ませんか?』
――本当に、訳がわからなかった。