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鳥辺野村へ

 砂利道を車で走っている。

 俺は木々が後ろに流れていくのを眺めながら、どうしてこんなことになったんだ、と首をひねっていた。

 隣でかちんこちん・・・・・・になっている肉塊こと草壁菜々花は、そっと膝に触手を伸ばしてくる。



「酔っちゃいましたか?」

「いや、大丈夫」

「本当に限界になったら言ってくださいね。雪花が結構酔いやすくて、昔から対応には慣れているんです」

「ちょっと私に矛先向けないでよ」



 不機嫌そうに窓枠に肘をついている雪花が、突然話題に出されたせいか、喉の奥に引っ掛かったような声で言った。

 姉妹同士のじゃれ合い――文字にすると可愛らしいものだが、実際に目にすると怪獣大決戦である――を尻目に見ながら、俺はため息をつく。



 現在は車に乗っていた。

 自分の親のものではなく、草壁家のものに。



 前の座席で運転している菜々花達の母親の、苦笑じみた口の形がミラーに映っている。



 ――そう、彼女らの母親は人間だった。

 驚くべきことに。



 陽子の例を考慮すれば、どんな化け物が飛び出してくるんだと戦々恐々していたのだが。

 実際のところ、直接会ってみればそこにいたのは普通の人間。

 可愛らしい印象がほのかに漂う人だった。



 草壁姉妹が突然変異的な化け物なのか。

 はたまた父親が化け物なのか。



 疑問は残るが、とりあえずは置いておこう。

 それよりも今の状況のほうがはるかに重要である。

 春休みになり、なぜか帰省に付き添っている男、なんていう非常に怪しい立ち位置になってしまっているのだ。



 車の中に居づらい。

 飛び出してしまいそうだ。



 すべての元凶である菜々花は雪花に頬――なのだろうか――をつねられているし、話し相手もいない。



 俺は再び窓の外を眺める作業に戻り、本日何度目かわからない嘆息をするのであった。

















 車から降り体を伸ばす。

 田舎だからか、空気が澄んでいるような気がした。

 肺いっぱいに冷たい香りを満たして、大きく吐く。



「お疲れ様です、化野さん」

「本当に疲れたよ。別にバスとかでもよかったんじゃない」

「いや、ないんですよね」



 駆け寄ってきた菜々花はそっと存在しない目をそらすと、「あはは」と触手で存在しない頬を掻いた。



 どうして俺が草壁姉妹の実家――鳥辺野村に訪れることになったのか。

 簡単だ。菜々花が友達を招待したいと思ったから。

 らしい。

 本人が言っていた。



 それを横で聞いていた雪花は呆れたように肩を竦めていたが、本人がそう言うのだから間違いないのだろう。

 進学すると同時に引っ越して、高校の友達を連れてきたことがない鳥辺野村。

 また春休みに誰とも会えないのは寂しかった。

 などと語っていた。



 招待する友人として俺が抜擢されてしまったのは不幸なことだが、それだけの関係だと思われているのは素直に嬉しい。

 特に用事もなかったため、俺はお呼ばれされることにしたのだ。



 ――だが。



「いや菜々花のお母さんの視線が痛かったよ」

「……すみません。まさかこんなことになるとは」

「そりゃそうでしょ。今まで男っ気の欠片もなかった娘が、突然『今度の春休み実家に帰るよね? 友達も連れていきたいの!』って男を連れてくるんだから」



 腕を組んだ雪花が腰に手を添える。

 菜々花は少し体を小さくして、



「男っ気くらいありましたよ」

「あら、記憶にないわね」

「鳥辺野村の皆と遊んでいました」

「それ小学生くらいのときでしょ。ノーカンよノーカン」



 尻尾のように金髪のツインテールを揺らして、雪花は歩いていってしまった。

 慌てて二人で追いかける。

 たどり着いたのは草壁姉妹の家だった。



「正確には、祖父と祖母のお家なんですが」



 菜々花は靴を脱いでいるような動作をしながら言った。

 俺からしてみればパントマイムのようなものだ。

 やはり〝脱がれた靴〟なんてものは認識できず、訳のわからない気持ち悪さを感じながら、彼女達の家にお邪魔する。



「――?」



 ひどく見覚えがある気がした。

 鳥辺野村になんて初めて来たはずなのに、不思議と。

 灰色の記憶に重なる廊下の光景に、吐き気を覚える。



「化野さん、大丈夫ですか?」

「……大丈夫だよ」

「無理はしないでください。顔が真っ青ですよ」

「大丈夫だから」



 ズキズキと頭が痛みはじめた。

 額を押さえながら足を進めていると、心配した様子の菜々花が肩を貸してくる。



「化野。無理はするものじゃないわ」

「本当に大丈夫なんだよ。ちょっと治まってきたし」

「……なら、いいけど」



 指を突きつけて心遣いを向けてくれた雪花も、俺がそう言うと引いた。

 実際によくなっていたのだ。頭痛は治まったし、既視感じみた気持ち悪さも比較的問題ない。



 何とか居間までたどり着き、ふらふらと座布団に腰を下ろす。

 始めは柔らかく分厚かったのだろうが、長年使われているのだろう。反発はせず若干硬い感覚がした。



「お母さんはお祖母ちゃんと話をしてるみたいです。しばらくお世話になるので」

「……俺もそうなるのかね」

「多分」



 菜々花が苦笑すると、居間に影が入ってきた。

 白髪で顔に年輪を刻んだ男性だった。



「あ、お祖父ちゃん」

「おぉ菜々花かい。近い内に帰ってくるとは聞いておったが、ずいぶんと大きくなったね。一年くらいか。鳥辺野村から越してから」



 彼はくしゃりと口元を緩めると、俺に視線をやってくる。

 訝しげなそれが、みるみると丸くなった。



「――あれ、君はもしかして、曜くんかい」

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