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第54話 一緒に食べると心が近づく気がする

 食堂にみんなの朝ごはんを並べると、凄い数になった。使用人も一緒だから当たり前だ。


 今日からセバスさんは冒険者ギルドから受けた依頼へと向かったのでしばらくの間は留守になる。大体五日間くらいだそうだ。外には一応ということで、護衛の冒険者達が警備をしてくれている。


 まだ領主の脅威が去ったわけではないからだ。そんな冒険者の人たちにも後でご飯をもっていこう。お弁当を作ったらいいかもしれない。


「それでは、この朝食をくださいます、ご主人様へ感謝の祈りと、ご無事に戻ってこられるように祈りを捧げて食べましょう」


 一番上の執事さんがそう告げて両手を組んで祈りを捧げた。それに倣うように俺たちも祈りを捧げる。ララはちょっと戸惑っているようだった。


 すぐ横に座っていたため、なんとなくこうやって祈れば大丈夫だと教えて、同じように祈る。それが終わるとさっそく朝ごはんだ。ララは、箸になれていない。トロッタ煮はフォークで食べた方がいいかもしれない。


 ララへ小声で「箸が無理だったらフォークでいいんだからな?」と告げる。俺は気を使ったつもりだったのだが。頷いた後に箸を持つと、上手にトロッタ煮を掴んで口へと運んでいる。


 ご飯も箸で普通に食べているものだから、俺は驚いた。この世界ではあまり箸は一般的でないと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。


 不思議そうに見ていたのが分かったのだろうか。


「くすっ。ララは、箸で食べるのが好きなの」


 元々の愛らしい顔がくしゃっとした笑顔になり、更に愛らしい顔になった。この笑顔にやられる男が多いのではないだろうか。同じ年頃の男の子だったら、イチコロだろう。


 あれ?

 同じ年頃の男の子、一人いたな。


 そう思って視線を巡らせると、半分口を開けてポケーッとしていた。箸で掴んでいたトロッタ煮をポロリと落とすのを目にしてしまった。


「イワン? 溢してるぞ?」


 半笑いでそう告げると、慌てて取り繕い。落としたトロッタ煮を口へと放り込んで何事もなかったように再び、朝食を食べ始めた。


 今日の朝食は俺が作ったトロッタ煮、子供達の作ったサラダ。料理長が仕込んでくれていた肉の腸詰め──いわゆるウィンナーと目玉焼きだった。


 手作りウィンナーは日本で売っているもののように、パリッとはしない。皮が柔らかいのだが、肉汁がめちゃくちゃ出てきて旨味が濃い。この肉は何の肉を使っているのだろう。


「ゲンジさん? この腸詰めの肉って何の肉使っているんですか? 凄い肉汁ですけど」


 ゲンジさんは遠くにいたのだが、大声で聞いたら答えてくれた。


「この肉はダンピックっていう凄い太りやすいのに、脂肪が少ないという不思議な魔物の肉なんだ。どの個体でも肉を叩いて焼くと肉汁が凄い。もちろん、そのまま焼いても凄い美味しいがな」


 初めて聞いた。ダンピックという魔物の肉はこんなに美味しいんだな。ただ。肉汁が凄すぎてステーキで食べると飽きてしまうかもしれない。


 どうしたら美味しく食べられるだろうか。煮込むだけだと旨味が汁に逃げてしまうかもしれない。トロッタ煮のようにうまい感じにはならないだろう。


 周りをこんがり焼いてしまって肉汁を閉じ込めたら食べた時にあふれてきていいかもしれない。それを腸詰めでやったのか。さすがは料理長だな。よく考えられている。このくらいの量であれば飽きないからなぁ。


「……ウ……ん!」


 だったら、網で焼けばいいのではないか?

 そうすれば油が落ちてうまくなるかもしれない。

 魔道コンロの上に網を置かせてもらうか?

 汚れてしまうなぁ。


「リュウさん!」


「うおっ!」


 すぐ目の前にサクヤの顔が急に現れて驚いてしまった。一体どうしたというのだろうか?


「もう、皆食べ終わりましたよ? ずっとブツブツ言ってましたから、また料理のことでも考えていたんでしょうけど、ご飯食べてからにしてくださいよぉ」


 困った困ったといった風に自分の皿を下げていくサクヤ。それに続くようにアオイも笑みを浮かべて食器を下げていく。


 俺の皿はといえば、ほぼ残っている状態だった。これはよくないよなぁ。

 反省しながらトロッタ煮へ箸を伸ばそうとすると、すぐ横にいたララがトロッタ煮を見つめている。


 自分の器は空になっていた。食器を下げようとしないところをみると、もしかして……。


「ララ、俺お腹いっぱいなんだ。もし、よかったら。トロッタ煮を食べてくれないか?」


「いいの?」


 目を輝かせて見つめてくる。この笑顔が見られるなら、俺の腹は空腹になどならないさ。


「あぁ。食べてくれると嬉しいなぁ。もったいないから」


「食べてあげる!」


 満面の笑みで俺が渡した器を受け取ると、口へと放り込んでいく。トロッタ煮を気に入ってくれたようだ。でも、それだけではなかったみたい。


「これもいいの?」


 腸詰めも、目玉焼きも食べるようだ。その動きを見ていた遠くに座っていた料理長は小さく拳を握り締めていた。よほど嬉しかったのだろう。


 思わず笑みを浮かべてしまった。目が合うと料理長も笑みを浮かべて頷いた。「やったな」と言っているようだ。俺も嬉しいかったから同じ気持ちだったのだろう。


 頷き返して俺は残っている白飯をかき込んで朝食を終える。白飯までは食べられなかったようだ。よく食べたからなぁ。


 ララは少し細いから、もう少し肉がついてもいいと思う。この預かっている間に、少しふっくらとすれば父親も安心するのではないだろうか。


 娘を預けていて、痩せていたのでは不安になることだろう。

 逆にふっくらすれば、よく食べさせてもらえたのだなと安心すると思う。

 俺なら、そう思うから。


「ふぅぅ」


 ララはお腹をさすりながら息を吐きだしている。お腹をさすっているところをみると、お腹がいっぱいなんだな。


「足りたか?」


「うん。お腹いっぱい。凄く美味しかった!」


 まだ朝だが、今日一番の笑みを見た気がする。こんなに歯を見せてニカッと笑うことができるんだなと意外な気持ちだった。最初は人見知りを発揮して、大人しい感じの子だと思っていたけど。もしかしたら、ミリアと同じくらい積極的に動く子かもしれない。


 それは、それで新たなララの一面を発見できた気がして嬉しい。朝食を終えたけど、ミリア達は今日何をするのだろうか?


 おそらく、食堂の前でララを待っているようなので、早く行ってあげよう。


 こちらの様子を窺うようにチラチラミリアがのぞいているのだ。


 子供同士で遊ぶのが一番いいだろうかな。

 怪我しなきゃ何をやってもいい。

 ララは食器を片付けると、手招きするミリアの元へと吸い込まれていった。

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