子供達はみんなで屋敷の探検に行ったようだ。
一人メイドさんがついてくれるみたいだし、アオイも付いていくようだから心配いらないだろう。
戻って来たころには仲良しになっていることだろう。子供ってのは、仲良くなるのが早いからなぁ。小さい頃の方が感情豊かで柔軟性もあり、順応性が高いのだろうと考えている。
大人というのは、なかなか距離を縮めるのが苦手だったりする。例えば、外にいる冒険者。あの人たちは、セバスさんに屋敷の護衛を言い渡されているから、見張っているだけだ。
少しは会話もしているようだが、あまり気を抜くようなことはしない。朝ごはんも干し肉のようなものを食べ、水を飲むだけの簡素な食事をしているようだった。
あまり俺が気にするようなことではないのだろうけど、できれば美味しいご飯を食べてもらいたいと思ってしまう。
まだ醤油とみりんの甘じょっぱい匂いの残っている厨房へと戻って鍋を見てみる。綺麗に鍋の中身はなくなっており、後は洗うのみといった感じの状況。
少しでも残っていれば器に盛り付けてトロッタ丼にしてあげようと思ったのだけど。それだけおいしかったということで良しとしよう。
「リュウ。どうかしたか?」
片付けに来たのだろう。料理長が厨房へと入ってきて何やら物色している俺を怪訝な顔で見てくる。
顔色から察するに「コイツなにしてんだ?」とでも思っていることだろう。
また何かやろうとしていると思われている気がする。すぐ人の気持ちを読むから料理長には困ったものである。
「外の冒険者に何か朝ごはんを差し入れようかなぁと思いましてね……」
「ほっといたらどうだ? 一応仕事中だろ?」
それはそうなんだけど、なんか気になってしまうんだ。仕事中なら、交代で食べればいいではないか。見張りは二人でしているんだし。そのために二人いるんだろう?
「なんか朝の食材余ってますか?」
「腸詰めに使いきれなかった肉のたたきはあるぞ?」
トレイに乗ったひき肉を出してくれた。それがあればいいじゃないか。あと、野菜で何か歯ごたえがありそうなものを……。
目に入ったのは野菜ではないく、紫色の傘のキノコだった。こんな色のキノコ、食べて大丈夫なんだろうか?
まだまだ知らないものが多いなぁ。
そんなことを思いながらも手に取って匂いを嗅いでみる。
シイタケみたいな匂いがした。
これはいい出汁出るかもな。
「ゲンジさん、これ食べられるんですか?」
「当たり前だ。じゃなきゃ、そこにはおかん」
そりゃそうだ。
だったら、これを細切れにして入れようか。
触感的にいいアクセントになって良さそうだ。
あとは、生姜をもらって調理台へと置く。
生姜はすりおろして入れることにしよう。
「何を作る気だ?」
「そぼろ丼ですね」
ゲンジさんは眉間に皺を寄せて、また何言ってんだコイツという感じの目で見てくる。そぼろというのがわからないのだろうか。
「ソボロってなんだ?」
「んー。なんていったらいいんでしょう。なんか細かい具材を乗せた丼、ですかね」
よくわからない風に「ほー」と言いながら俺の手元を見つめている。
さっきのキノコをさっそくみじん切りにしていたからだ。
卵もあるから卵もそぼろにしようか。
鉄鍋を二つ出して、一つにひき肉を入れる。
もう一つには油を敷いて鍋を温める。
ひき肉の色が変わってきたらキノコのみじん切りを入れていく。そこに醤油、みりん、さけ、生姜、を入れていく。これで本当は出汁があるといいんだけど、その代わりにキノコからでる出汁を期待する。
もう片方の温まってきた鍋へ、少し塩を入れた卵をかき混ぜて投入。菜箸を四本持ち、かき混ぜていく。こうすることで卵が大きな塊になりにくくなるのだ。そぼろは細かい方が食べやすいからな。
ゲンジさんはずっと横で俺の手元をみている。その目は料理人の目だ。このそぼろ丼を見て真似しようとしているのかもしれない。これは簡単だからすぐに真似できると思う。
黄色の細かいそぼろができたところを確認して火を止める。肉の方もいい感じにしょうがの香りと醤油の香りが立ち込めてきた。さっき朝飯を食べ損ねたからか、腹が減ってきてしまった。
小さな器に余っていた白飯を盛ると肉と卵のそぼろを乗せる。こうなってくると、スプーンの方が食べやすい。
一掬いして熱々のまま口へと放り込む。鼻から生姜の香りが抜けていく。キノコの香りも来たかと思ったら、甘じょっぱい旨味が押し寄せ、重なるように肉のうまみが押し寄せてくる。
卵のふんわりとした塩味がいい感じに絡み合っている。
これはうまいな。
今度売ろう。
こうやって丼にすると肉汁の凄いのが逆にご飯へ染み込んで旨味が濃くなる。
「ちょっ。自分もらっていいか?」
俺のうまさに悶絶している顔をみて我慢できなくなったのだろう。ゲンジさんがご飯を盛った器を差し出してきた。少しの肉と卵の乗せてあげる。
スプーンで掬うとかき込むように口へと流し込んでいく。咀嚼すると、目を見開いてさらにかき込む。
「なんだこれ! うまい!」
米粒を飛ばしながらゲンジさんが興奮したように叫んだ。
こんなに喜んでもらえるなんて嬉しいな。
冒険者の人たちにも喜んでもらえるだろう。
二つの大き目な器に盛り付けてお盆に乗せて厨房を出ていく。
入口の方へと向かっていると、メイドさんに呼び止められた。
「リュウ様? それ、どうするおつもりですか?」
「外の冒険者の方に渡そうかと……」
ちょっとメイドさんの圧に後ずさりしてしまった。
「リュウ様たちは屋敷の外に出さないように言われています」
「……庭もダメ?」
「ダメです!」
頬を膨らませて両手を腰に当て、普通に怒られてしまった。
預かるというので、渡す。すると、そのままメイドさんが外へと行き、冒険者の方へ渡してくれた。
頭を下げる冒険者の人。それを手を振って何か言っているメイドさん。こちらを振り返った冒険者の人と目が合った。すると、めっちゃ頭を深々と下げている。
なんでそんなに畏まっているんだろう。
疑問に思いながら、メイドさんを待っていると嬉しそうに戻って来た。
「なんか、リュウさんの料理が大好きだったみたいですよ!」
「あっ、そうなんですか? それならよかった。お客さんだったのかな?」
俺は独り言を発したつもりだったが、メイドさんが丁寧に答えてくれた。
「ここの護衛を申し出てくれた人たちは、みんな『わ』に惚れた人たちなんだそうですよ? ご主人様が話していました」
その言葉を聞いて、俺はより一層、冒険者の人たちに感謝した。そんなに歴史の長くない『わ』をそこまで気に入ってくれて。しかも、命を懸けて護衛までしてくれる。
感謝してもしきれない。絶対復活させないとな。
胸が熱くなり、目頭も熱くなった。
「リュウさん。なんか、いい関係ですねっ!」
そのメイドさんも目を潤ませていた。
「絶対、復活させましょうねっ!」
「……はいっ」
こんなにも『わ』を思ってくれる人がいる。そのことが途轍もなく嬉しくて。
でも、復活させるためには領主の排除が前提だ。
そのことに関して何もできない自分に不甲斐なさも感じていた。
今は、美味しいご飯を作るしかないんだと、言い聞かせて過ごすしかなかった。