ララはその後も俺たちと一緒にいた方が都合いいからと、預けられることになった。セバスさんには許可をもらったからしばらくの間、また一緒だ。
ドムさんも一緒にセバスさんの屋敷でお世話になることとなった。その方が何かと都合はいいという。また人が増えて大所帯になってしまった。部屋数が沢山あるので、あまり気にしてないみたいだけど。
「あの……本当に、言いにくいのですが……」
セバスさんたちが長期任務から帰ってきて数日後のことだった。みんなでの朝食が終わった後、ドムさんが頭を低くして申し訳なさそうに口を開いた。いったいどうしたというのだろうか。
ララが横で怪訝な顔をして睨みつけている。また何か余計なことを言わないかと勘繰っている様子だ。
「そのぉ、リュウさんがいるわけじゃないですか」
その言葉に首を傾げた。
俺はしばらくの間、セバスさんのところで厄介になっている。領主がどうにかなるまでは、ここにいさせてもらうことになってしまう。ただ、俺がいるからなんなのだろうか。
「リュウさんがよければ、なんですけど。リュウさんの料理、食べたいなぁと……」
すごく大きな体を縮こめて、申し訳なさそうに小さな声で呟いた。ララは呆れたように、しかたないわねぇといった風にため息を吐いた。
そう思ってくれるのは、俺としては嬉しい。ただ、料理長のメンツもある。この屋敷での料理は、料理長であるゲンジさんが作っているのだ。たまに、俺が作ることはあるが、それでも一品だけだったりする。
セバスさんは目を見開いてドムさんを見つめている。何を言っているんだこいつはという目なのか、はたまたいい案だという目なのか。どちらだろうか。
「ドムよ。それは名案じゃ。昼に集まると目立つ。夜にここで『わ』を限定的に復活させるんじゃ。食材は自由に使っていいわい」
手を開いていい案を思いついたと言わんばかりにセバスさんが高らかに宣言した。セバスさんがいいというのなら、俺は嬉しいが。
ドムさんは目をキラキラさせて「いいんですか?」と呟いている。そうと決まれば、人を集めたいところだけど。人数が限定されてしまう。
あまりに大人数で集まってしまうと、目立ってしまう。領主に気付かれてしまうかもしれない。気付かれないようにするには、少人数で集まるしかない。
「あまり集まると迷惑をかけてしまいますよね?」
「そうじゃのぉ。じゃから、呼ぶのは五人じゃな」
五人となると、誰を呼ぶか考える必要がある。呼びたい人は、何人かいる。師匠だったり、アッシュさん夫婦。シンさん。呼びたい人は沢山いる。
でも、今呼ぶべきだと思うのは、『わ』の為に尽力してくれている人。毎日日替わりにここの庭で護衛をしてくれている人たちかな。
「ドムはここにいるから良いとしてものぉ。誰を呼ぶかのぉ」
その問いには、俺が小さく手を上げた。
「リュウよ。呼びたいものがいるのか?」
「それは沢山いるんですが、いつも護衛をしてくれている冒険者の中から選んでいただきたいんです」
セバスさんは仏を思わせる笑みを浮かべてこちらを見つめた。その目は、自愛に満ちている。座っていたソファーに身を沈めると、息を大きく吐いた。
俺の気持ちは、日頃の感謝を込めて料理を振舞いたいのだ。セバスさんは、その考えも汲んでくれると思う。そして、いい案を思い浮かべてくれることだろう。
「そうじゃのぉ。それなら……」
言葉を止めると目を瞑り、口を手で覆って考えを巡らせているようだった。何かいい案を思い浮かぶだろうか。
しばらくの間、沈黙する。固唾を飲んで見守っているみんな。
子供達も、今は静かに話に耳を傾けている。
おもむろに口を開いたセバスさん。
「護衛終わりの者二名は、夕飯を一緒に食べて泊まらせよう。そして、次の日の護衛の者。この者たちも前日の夜のうちにここへきて夕飯を食べて泊まり朝から任務させるようにしようかのぉ」
その提案を聞いた俺は、これ以上ない案だと思った。それには、ドムさんも頷いて「いいですね」と呟いている。
だが、ゲンジさんはいいのだろうか。俺が料理を振舞う場合、厨房を自由に使えないことになるが……。
手を叩くと、執事のカミュさんが顔を出した。「お呼びでしょうか?」と現れ、「料理長を呼んできてくれ」とセバスさんは指示を出す。一旦いなくなったが、すぐに戻って来た。
ゲンジさんが頭を下げて現れた。
「なぁ、ゲンジよ。数日に一度、リュウに夕飯を作らせてもよいか? 厨房を自由に使わせてやって欲しいのじゃ。もちろん、食材ものぉ」
これ以上ない申し出をゲンジさんにしてくれたセバスさん。嬉しい申し出だが、ゲンジさんに申し訳ない気がする。許可してくれるだろうか。
「……もちろんでございます」
これには、俺が目を見開いてゲンジさんを見つめてしまう。
別にゲンジさんが意地悪だと思っているわけではない。
だが、料理長としてのプライドがあるのではと思っていたのだ。
「本当にいいんですか?」
「自分も、勉強させてもらう」
ゲンジさんは俺の目を挑戦的な目で見つめ、口角を吊り上げた。盗めるところは盗むということだろう。だが、それが一番の近道だと思う。
何事にも真似をすることから始めたりするものだ。料理人もしかり、他の職人もしかり。師匠や先輩がしていることを真似てそこから学んでいくものだと俺は思う。
今の日本では古いやり方だと思うかもしれない。厳しく圧力だけかけて𠮟りつけるのは違う気がする。ただ、自分のやることを見せてくれる。
それは、極意を見せてくれているのと同じだということ。だって、その真似を極めれば同じことができるということなんだから。
「俺も、勉強させてもらいました。何か糧になるものがあれば盗んでください」
俺も挑戦的な目で見返し、笑みを浮かべる。
料理長はそれを「はっ」と鼻で笑いながら手を振り、立ち去って行った。ゲンジさんのその背中がカッコよかった。
日本で料理人をしていた時に、憧れていた先輩に似ている。あの先輩もプライドが高いながらも、料理の上達に関しては貪欲で、柔軟だった。
「よしっ。じゃあ、決まりだのぉ。さっそくじゃが、今日の夜。第一回目を開こうかのぉ。ワシもそろそろリュウの料理が恋しくなっていたところなんじゃ」
セバスさんは俺へウインクするとそう告げた。これには、子供達も喜んだ。自分の食べたいものを考えているようだった。
限定的ではあるが、『わ』を復活させることとなった。
俺もワクワクする。
久しぶりに腕が鳴る。
夜が待ち遠しくて、その日は子供達もそわそわしていた。