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第59話 その頃、食堂は

 サクヤが一人一人の料理を食堂へと運んでいる。豪華な細工の入っている冒険者たちの目の前にあるテーブルは、ここにいる者を成功者であると思わせると共に料理の存在もランクアップさせているようだ。


 入り口を入って来た瞬間、歓声が上がった。最初に運ばれてきたのはトロッタ煮。その甘じょっぱい香りがサクヤの通り過ぎた後、その存在を主張するように冒険者達の鼻孔を刺激する。


 誰かが獣の方向のような音を響かせている。その音は腹から出ているようで音の主は仄かに頬を赤らめた。周りの者も同じような音を立ててお互いに照れ笑いを浮かべている。


「お待たせしました! トロッタ煮です! 次々に料理をお持ちします!」


 言葉の通り、一人一人の料理を乗せたお盆を運んでいくサクヤ。その顔は嬉々としていて、久しぶりの仕事に高揚しているようにも見える。


 全員へと料理が行き届くと、食べ始めていた冒険者達へ一緒に食べる者の存在を告げる。


「いつも、護衛有難う御座います! 私含め、子供達一同が一緒に夕食を食べさせてもらいます!」


 その言葉に目を見開いて驚く冒険者達。それをサクヤが宣言した後、子供達が次々と食堂へと入場してくる。その姿はさながら、選手入場を思わせる。


 だが、その少し緊張した面持ちを見た冒険者が少し噴き出して笑う。ご飯を食べるだけなのに何をそんなに緊張することがあるのだろうか。


 特にリツの緊張が酷い。手と足が同じように出ている歩き方をして席へと向かっている。いつも助けてくれている冒険者なのだから、害することはない。


 むしろ、好意的に思ってくれているはずなのである。そこまで考え至らない。このくらいの子どもであれば当然のことだろう。


「なぁ、坊主。何をそこまで緊張してるんだ?」


「えっ? ……おじさん大きいし」


 リツは縮こまりながら答えている。冒険者の威圧感を人一倍感じてしまっているのだろうか。かくいうその冒険者も、リュウの料理の前に目を細めて口角を上げているものだから、形無しだと思うのだが。


 変わらず優雅に椅子に座るのはアオイである。そのスカイブルーの髪を振りながら髪を結い、食べる用意をしているのだが。その姿に男の冒険者は見惚れているように見える。


「うおっほん!」


 一人の女性の冒険者が咳ばらいをしながら隣の斧を抱えていた冒険者の足をかかとで踏みつける。短く太い悲鳴を上げながら跳び上がった。


 その姿を他の冒険者は苦笑いしながら眺めている。自分たちのパートナーが一緒ではなくて安堵しているよう。アオイには、人の目を引き付ける魅力があるようだ。


 だからこそ、いろんな人の目に留まるのだろう。それは、即ち目立つということにも繋がり、領主に目を付けられるようなことにもなってしまうのだが。


 子供達も席に着いたことをサクヤが確認すると、それぞれの料理を運んでくる。まずは、トロッタ煮のイワン。その次が生姜焼きのリツ。


 ここまでは冒険者も食べる手を止めなかったのだが、アオイとミリアの元へと運ばれてきた白い物体の乗ったご飯にはさすがに、手を止めた。


「ねぇ、それなぁに?」


 女性冒険者が興味津々の様子でアオイへと質問する。先ほど、男性冒険者の足を踏んだ者だが、別に敵意を抱いているわけではないようだ。


 アオイは満面の笑みになり、自慢気にその冒険者へと告げた。


「これは、シチュー丼っていいます。美味しいんですよ?」


 すると、その女性冒険者は口を尖らせてアオイの食べる白い物を羨ましそうに見つめ始めた。一口、二口と食べ進めていくが。ずっと見ている。さすがにアオイは気になって仕方がなかったようだ。


「あの……一口食べますか?」


 その女性冒険者の食べているものも、食べたいと言っていたそぼろ丼である。しかし、それも美味しかったようだが、好奇心の方が先行しているのだろう。


「えっ⁉ いいの?」


 その女性は目を輝かせると、席を立った。アオイの方へ明らかに気分がいいとわかるように、身体を弾ませて向かう。そして、アオイがスプーンで掬って差し出してあげたシチュー丼を口へと迎え入れた。


 一口咀嚼した瞬間に、目がトローンと下がり、口角が上がった。更に、手を頬へと当てると。


「おいしーい! なにこれー!」


 リュウのシチュー丼の虜になってしまったようで、サクヤを呼んでいる。申し訳なさそうに、そぼろ丼も食べるからシチュー丼も欲しいとお願いしていたようだ。


 だが、それをみた他の男性冒険者が声を上げた。


「一つじゃなくていいなら、何か甘い物はあるかい?」


 サクヤに質問しているようだが、厨房の材料事情など分からないだろう。サクヤは真っ先に執事のカミュさんへと視線を送る。


 すると、また頷いた。何かあるのだなと確信したサクヤは「あります!」と伝えて厨房へと消えていった。その顔も笑顔に満ちていた。


 この世界で甘い物は高級品にあたる。砂糖がなかなか手に入らないということで、価値が日本よりはるかに高くなっているからだ。


 地球ではさとうきびが砂糖の原料となっていた。この世界にはさとうきびはない。何が原料化というと、アントガザーという花が原料となっているのだ。


 この花がなかなか稀少なものであるために、砂糖は高騰している。名前の通り、アントという日本でいうアリなのだが。全長は二メートル程の大きさがある。


 巨大アリというのはこの世界では珍しくはない。だからこそ、アントガザーという植物の減りが早いのだ。名前の由来通り、アントが好んで集めるからという意味らしい。


 今回の甘い物は、ドグア。リュウが市場で見つけたものだ。それを伝えられていた執事のカミュさんは用意していたのだ。


 これはすぐにできるものらしく、少し経つとサクヤが器を運んでいった。果物のような甘い香りが漂う。


「これは、なにかな?」


「ドグア煮です! 名前はちょっとあれですけど、おいしいですよ?」


 サクヤが男性冒険者にそう伝えると、頬を掻きながらスプーンでドグアをほぐす。ホロリと零れ落ちたドグアをスプーンへと乗せて口へと運んでいく。


 その冒険者は目を見開いて震えている。もう一口を味わうと長いため息を吐いた。


「こんなの食べたことない。おいしいよ」


「有難う御座います! よかった!」


 サクヤを始めとして、料理に舌鼓を打っている人達には笑顔が溢れていた。


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