「ミリアね、おじいちゃんのいうとおり、リューちゃんについていこうとおもうの」
これからのこども食堂のことについて、カミュさんとの打ち合わせの後、ミリアは急によくわからないことを口にした。いまいち真意がわからない。
「うん。それは嬉しいよ。どうしたんだ? 急に?」
ミリアは俯いて何か思い詰めているようだった。一体どうした?
椅子に座っているミリアは足の間に手を挟んで、何やらモジモジしている。何か言いたいことを我慢しているような気がする。
俺は、膝たちになりミリアと視線を合わせた。
「ミリア。何か言いたいことがあるんじゃないか? なければ、いいけど。何か言いたいことがあるなら、教えて欲しいなぁ」
しばらくの沈黙の後、よーく考えたんだろう。自分の言いたいことを整理して、意を決した様子で口を開いた。
「ミリアね……おとうさん、と、おかあさんに、おわかれをいおうとおもうの」
目を見開いて固まってしまった。まさか、そんなことを考えていただなんて思わなかったのだから。それに、そんなことを言い出すような勇気がミリアの中に造られていたんだということが嬉しかった。
「ミリア……でも、大丈夫なのか?」
今だからこそミリアは頼もしくなったが、あの時は痩せていた。リツとイワンが連れてきてくれたあの時、恐らく栄養失調。そして脱水症状。危ない状態だったと思う。医者じゃないからわからないけど。
でも、あのまま時が過ぎ去ったら。その時は、ミリアが物言わぬ亡骸になっていたことだろう。
そうなっていたらミリアは俺とは出会っていなかった。リツとイワンには感謝しかない。ミリアという掛け替えのない命を、救うことができたのだから。
「これは、ミリアとリューちゃんのために、ひつようなこと」
いつの間に大人っぽい考えを持つことができたのか。俺とミリアの間に必要なことだということはわかる。
ミリアの中で今、実の両親が大きな壁として聳え立っていることだろう。別に知らないフリをしてもいいとおもうけど。
もうあなた達の子ではない。そうわざわざ宣言する必要性はないようにも思う。
「ミリアがそうしたいのか?」
「うん。きょう、いくよ? ついてきてくれる?」
なんだか、いつの間にこんなに成長したのだろう。堂々としていて自分の存在をこの世界へと知らしめているようだ。
「もちろんだ。俺にミリアがやりたいこと、見届けさせてくれ」
「いいよ!」
太陽の様な笑みを見せると、不安そうな顔はなくなっていた。
日が傾いて来ているが、この時間だといるのかもしれない。ミリアの実の両親は。
俺も心の中で引っ掛かっていた人だった。だから、今回は自分の心を整理する意味でもいいと思った。
俺とミリアの空間に突如、『グウゥゥゥッ』という怪獣の泣き声が聞こえた。
「はははっ! リューちゃん、ごめん! トロッタに!」
ミリアのお腹の音だったようだ。笑いながら謝るミリア。俺はそれを咎めることはできない。自分のお腹が『グオォオォォォ』とミリア以上の音を立てたからだった。
「とりあえず、飯だな」
「うん!」
苦笑いを浮かべながらミリアは俺に寄り添ってくれた。厨房へと行くと大きなブロック肉を見つけてきて切り落としていく。
「りょうりちょーいないねぇ?」
「あぁ。そうだな。たしか、しばらく休みたいと言っていたはずだ」
セバスさんが亡くなった後、メイドさんなどの使用人達は長期の休暇となった。膨大な残された遺産の中から、今後も使用人として続けたいと思う人たちに給金を出すと宣言した。
ただ、それは際限がないわけではない。期限付きの使用人のようなものだ。俺たちは、自分たちの分は稼いでどうにかする。支援はしてくれるとはいうけど。
使用人達のことを考えながら肉を切り分け、鍋に火を入れる。顔がジリジリと熱を受ける中、ミリアが食べたいと願うトロッタ煮をいつも通りに作ろうとしていた。
調味料を投入していき、かき混ぜながら。ミリアに視線を送ると震えているような気がする。自分の両親に会うのが恐いのだと思う。
「ミリア。大丈夫か?」
「だいじょうぶなの!」
プイッと顔を逸らすが、やっぱり少し震えているように感じる。そんな恐い思いをしてまで、俺との生活を続けるためにケジメを付けようとしてくれているのだろう。
俺が勝手にそう思っているだけなんだが、実際にはどういうことなのかはわからない。ミリアなりの気持ちの解決の仕方なのかもしれない。
もしかしたら、今まで俺に見せていなかっただけで、ずっと思い悩んでいた可能性だってある。そう考えたら胸が締め付けられる。
せめて美味しく作ろうと鍋の中のトロッタの肉に集中する。いい感じに煮詰まって来たと思うが、もう少しといったところだろうか。
「ミリア、ちょっと手伝ってくれるか?」
「いいよー」
踏み台を利用して調理場へと上半身を出す。そして、手を洗い、いつも通りに準備をする。ミリアは以前に比べて、できることの幅が断然広がったと思う。
もう少し煮込めばできるという頃、葉物の野菜を洗って千切ってくれているミリア。こんなに気を使えるようになったのだなぁと胸が熱くなる。
盛り付けると、祈りを捧げて食べ始める。
「ミリアに幸多からんことを」
「えぇっ? なになにぃ? なんていったのぉ?」
「なんでもない。ほらっ。食べな?」
ミリアは誘惑に負けたというように、一心不乱にトロッタ煮を口の中へと放り込んでいく。一口、二口と咀嚼すると目を瞑り、味を噛み締めているようだった。
「やっぱり、リューちゃんのりょうりは、おいしいね」
満面の笑みをみせると、目に力が入ったように感じた。
ここから、ミリアの一世一代の戦いが始まろうとしていた。