ミリアとトロッタ煮を食べた後、イワン、リツ、サクヤ、アオイの四人が外でご飯を食べて帰ってきたところに出くわした。ちょっと二人になりたいと先に帰ってきてしまったから。悪いことをした。
「ちょっと、今から出かけてくる」
「はい! 深刻な顔をしてどうしたんですか?」
自分が深刻な顔をしていたことに、本当にどうしようもないやつだなぁと反省する。今から、ミリアが一世一代の戦いだと思ったら緊張もするさ。
「ちょっとな。ミリアの親の所に行ってくる」
サクヤとアオイの顔が歪む。眉間に皺をよせてなんで今さら行くのかがわからないといったところだろう。そう思われても仕方ない。でも、ミリアが決意したことなんだ。であれば、俺は全力で応援する。
「おわかれをいってくるのっ!」
ミリアは自分の緊張を吹き飛ばすよう、高らかに宣言した。その小さい体は背筋を伸ばして空を見上げ、声を上げる。身体からは力が漲っていた。
不覚にもまた気持ちが高ぶり、込み上げてくるものがある。子供の成長というのは本当に早いものだ。なんでこんなにすぐに成長するものなんだろう。
ぼやけた視界でミリアが両手で力こぶをつくり、「やるぞーっ!」と声を発すると、元にいた家へと向けて駆けて行った。
「リュウさん、大丈夫なんですか?」
心配そうな顔をしたアオイが声を掛けてくる。後ろでは、サクヤが腕を組んで立っている。なぜか戦闘態勢だ。
「ぐすっ。……わからない。でも、ミリアが自分で決めたんだ。応援する。そして、必ず、俺が守るから大丈夫だ」
自分でも自然とそう思っていることに不思議だった。ミリアを守る。命を懸けても。それは、俺がミリアを引き取ると決めた時に決めていたことだ。
でも、ここにきて。さらにミリアを守らなきゃという気持ちが強くなった。実の親とかそんなことを関係ない。実の親以上に、思いは強いという自負がある。
頷くアオイとサクヤに、頷き返すとミリアの背中を追った。
心臓がバクバクと破裂するかと思うくらい動いている。緊張からくるものなのだろうか。小走りしたから動悸がしているだけかもしれない。
「リューちゃん。はやくっ!」
後ろを振り返ると手招きしたミリア。その顔は笑顔だが、どこか影が差している。自分のトラウマの様な過去と向き合っているのだから当たり前だろう。
駆け足でミリアの元へと近づくと手を差し出す。不思議そうにこちらを見たが、意図がわかったのだろう。ニカッと笑みを浮かべて俺の手を握り締めた。
傾いていく太陽が俺たちの目を刺激してくる。眩しくて目を細める先にミリアの元居た家が見えてきた。二軒隣は黒ずんで焼け落ちている。アオイたち四人の家だ。
気持ちが暗くなりながらも、ミリアが扉の前に立つのを見届ける。
ドアを小さな手でノックした。力いっぱい叩いたのだろう。音が響きあたっている。
自分の心臓の音がうるさいが、中から物音がするということはいるのだろう。ゆっくりと扉の方へと近づいている気配がする。
「はぁい?」
出てきたのは、肩を出して緩い感じの服装をした元母親だった。目線が上を向いていたために、俺と目が合うと、眉間に皺を寄せて睨みつけてきた。
「何の用?」
「今日は、ミリアから話があるそうだ」
手でミリアがいることを知らせると元母親は視線を落とした。視線を下に合わせると見下した目になる。自分の気持ちの黒い部分が出てきそうになっているのを感じる。
この親。それが、実の娘を見る目かよ。
高まる気持ちを抑え込んでミリアにエールを心のなかで送る。
「おとうさんは?」
「はぁ。いるけど? もうあんたのお父さんじゃないでしょ?」
ミリアが元母親をじっと見つめると根負けしたのか、奥へと行くと父親を呼んでくるようだ。
本当に強くなったな。別に、強くなる必要などないと思っていた。逃げたっていいし、現実逃避してもいいと俺は思う。でも、ミリアがその選択肢を捨てて、自分で戦う道を選んだ。
「あぁ。おまえか。なんだ? また戻りたいと言われても困るぞ?」
元父親も、自分に自惚れている。これまでどれだけ酷いことをミリアにしてきたと思っているのか。怒りに頭が支配され始めている。俺が先に口を出してはダメだ。そう堪える。
ミリアは、大きく息を吸う。
「ミリアはっ! もう、あなたたちのこどもではありませんっ! ミリアは、リューちゃんのこどもですっ!」
大きな声はご近所にも響き渡っていたようで、道行く人たちがチラチラとこちらを見ている気配がする。視線を感じるとはこのことだろう。
「わざわざ喧嘩売りにきたわけぇ? 勝手にしろって言ったよねぇ?」
腰に手を当てて上からミリアを罵倒する元母親。俺は、もう我慢する必要はないと判断した。ミリアのケジメを通す儀式は完了したのだから。
一歩踏み出して、元母親の前へと立ちはだかった。
「ミリアの、ミリアなりのケジメのつけ方です。あなたたちには、ミリアの葛藤など、微塵も想像つかないでしょうけど……」
「だぁ、かぁ、らぁ、勝手にしろって言ってんのぉ!」
顔の近くで怒鳴る元母親。ここからは、俺がミリアを守らなければならない。
「何しに来たんだ? 店が燃えたらしいな? 金が欲しいのか?」
元父親は、俺が金をせびりに来たと思っているようだ。
元母親と、元父親の言葉を脳に入れていくと、不思議と頭が冷えていく。
「これからは、私たち家族は、あなた方とは無関係な人間です。街で会っても声を掛けないでください。店にもこないでください。ミリアは俺の子です。あなた達の子ではありません。お金は十分あるので結構です。関わってくる場合は、領主に相談して処罰も検討してもらいます」
言いたいことを宣言したので、固まっている元両親の目の前の扉を強く閉め、ミリアの手を握って去った。これでよかったんだ。そう言い聞かせていた。
「リューちゃん。ありがとう。恐かった……」
「よく自分の言葉で気持ちを伝えたな。よくやったよ」
思わず抱きしめて抱っこしてしまった。随分重くなったように感じる。であった当初に抱っこしたときは軽々だったが、今はなかなかに成長を感じる。
「これで、リューちゃんとずっといっしょだね!」
もしかしたら、連れ戻しに来るかもとか。そういう所を心配していたのかもしれないな。それだけ、俺と痛いと思ってくれているということだろう。
この後、ミリアと二人でサクヤ達に迎え入れられた。ミリアが宣言した内容を伝えると、アオイとサクヤは涙し、抱きしめていた。
「ミリア。よかったな。こんなにも家族がいるぞ?」
俺の声はアオイとサクヤの声にかき消されて皆の耳に届くことはなかった。