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第76話 焼けた跡地へ

 トロッタ煮をみんなで作って食べた次の日。店を開く準備をするには器が必要なのだが、先代のおやっさんからもらった器が火事で燃えてしまった。


 ただ、あれは陶器だったと思うからもしかしたら使えるかもしれないと思い立ったのだ。執事のカミュさんに聞いてみたら、やはり使えるかもしれないという。


 ということで、俺が一人で店の燃えた跡を見に行こうかと思ったのだ。そしたら、ミリアが行きたいといいだしだ。しかし、あそこに行くと辛い思いをするのではないかと思い、やめた方がいいと言ったのだが、どうしても行きたいというので連れて行くことにした。


 そしたら、他の皆も付いてくるというではないか。辛い思いをしなければいいのだが。


 子供達を連れ立って朝から店の跡地へと向かった。向かう途中で市をやっていて、活気があった。その活気が俺には羨ましかった。


 この活気が『わ』にもあったのに。そう思うと何とも言えない気持ちになってしまう。


 だんだん見慣れた風景が近づいてくる。なんかここを通るのも久しぶりな気がするなぁ。


 カミュさんに聞いたところ、焼け跡はそのまま残っているということだった。その土地をどうするのかはその家の持ち主が決めていいらしい。


 俺に決定権があるということだ。売るもいいし、片付けて立て直してもいいということだ。そうはいっても、先代のおやっさんから譲り受けた店だ。売る気はない。とすれば、ここに再建するか。


 目の前にはもうあの時の面影は何もない。ただ真っ黒な燃えカスが残っているだけだった。幸いなのは、隣に燃え移らなかったこと。


 魔法というのはこういう時に便利なようで、一気に大雨を降らせて沈下させたようだ。駆けつけるのが遅かったから隣の住宅も壁が焦げてしまったみたい。


 それは、そのままでいいのだそうだ。どうせ何かが建てば隠れるからという広い心の言葉を頂いた。


「やっぱり、丸焦げだな」


「みんなの『わ』がこんなになっちゃったんですね」


 サクヤがピンクの髪を震わせながらしゃがんで跡地を見ていた。地面を濡らしているのをみたアオイが隣に寄り添って背中をさする。慰めながらも、自分も目を拭っているようだった。


 こんなに虚無感が襲ってくるものなんだなと初めて気が付いた。今までは、ちゃんと見ていなかったから本当に無くなったということが理解できていなかったのかもしれない。


 ミリア、イワン、リツは、後ろで立ち尽くしている。呆然として事実を受け入れられないのか、それとも悲しくてなのかはわからない。


 俺は一歩踏み出した。扉のあったところがかろうじてわかるように煤けた柱が残っている。それを乗り越えて中へと入る。


 脳内には、「いらっしゃいませー」と言っているアオイとサクヤが見える。二人が走り回り、お客さん達が各々の注文をしている。厨房では、俺が一心不乱に料理を作っていた。


 入口から見える『わ』の光景が胸を締め付ける。


 その光景は霧のように霧散し、今の現実の黒焦げた状態を目の当たりにする。本当に燃えてしまったんだ。あのみんなで過ごした店が。この入口の外からイワンとリツが覗いていたんだよな。


 それを俺が呼び止めて中に入れた。そして、その時の試作品を食べさせたのがこども食堂の始まりだった。そこからサクヤとアオイを連れてきて。リツがミリアを連れて来たんだよな。


 あの時に比べたら、皆少し肉付きがよくなった。ちゃんと食べている証拠だ。その姿を見ると俺は嬉しくなるんだ。間違ってなかったんだって。


 ミリアと一緒に立った厨房へと歩を進める。ここには、器がいくつか残っていた。少し焦げてはいるが、洗えば使えそうなものが複数ある。よかった。おやっさんの器がまだ使える。


 胸を撫でおろしながら、嬉しさが込み上げてくる。あぁ。この器があるだけでこんなに安心感が違うんだ。胸が温かくなる。持っていた器に雫が落ちる。空を見上げると青く晴れ渡っている。


「雨……じゃない?」


 気が付くと自分の目から雫が零れ落ちていた。

 なんか、最近泣いてばかりじゃないか?

 本当にダメな大人だな。


「ったく。ダメだなぁ。……でも、よかったぁ」


 いくつか残っていた器を手に取って店の外へと持ち出して積み重ねる。厨房の下の棚へ置いていた刃物は、柄の部分は焼け落ちていたが刃の部分は無事だった。これは、刃物屋さんへ持っていこう。


 刃物を置くと、俺の横をミリアが通って行った。奥の方へと進んでいく。向かった先には居住スペースの方だ。自分の物を見たかったのだろうか。


「んー。ないかぁ」


「ミリア、何を探してんだ?」


 目を拭いながらこちらを見上げたその顔には悲しさで溢れていた。


「リューちゃんとねたふとんがない……」


 布団なんて燃える最たるものだから仕方ないと思う。そんなに布団が恋しかったのだろうか?


「なんで布団なんだ?」


「はじめて、てをにぎったのが、このふとんだったから」


 あの時が物心ついてから初めて手を繋いだってことか?

 それは初めて聞いた。

 だから大事にしてたのか。布団を買い替えようとしたときは嫌だって駄々をこねて泣いたっけなぁ。


 そんなワガママ言ったことなかったから、不思議だったんだけど。そういうことだったのか。


「ミリア。これから、沢山手を繋いで、沢山思い出を作ろう。新しい『わ』で」


「またここにたつの?」


「あぁ。そうしようって今決めた」


 すると、ミリアは「ムフフー」と笑いながら頷いた。「それなら、ゆるしてあげる!」と店の敷地の外へと出て行った。煤を払いながら「ここにまたたてるってー!」とみんなへ自慢気に教えている。


 思い出はたしかに焼け落ちてしまったかもしれない。でも、俺たちの絆は前よりもさらに太い物になった。これからを生きていくために必要なことだったのかもしれない。そう思うことにした。


 必要な試練だったんだ。俺たちは、それをなんとか通ったんだと思う。セバスさんの死という一番最悪の形になった。嫌だったけど。もうどうしようもないことなんだ。


 セバスさんの死を背負って俺たちは生きていく。あの人の笑顔を胸に『わ』を反映させていくのだ。人を助けたいという思いは同じだから。


 向く方向が一緒だ。後ろは向かない。みんなで前を向いていく。


 ここに、『わ』を再建する。


 そして、過去の記憶を、よりいい未来で書き換えるんだ。

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