「今日は、よろしくお願いします」
頭を下げた俺を見て後ろの五人の子供達も頭を下げる。――今日、ララはというとドムさんと二人の時間を満喫している。頭を下げられた男性が逆に恐縮していて、慌てふためいている。
今日は、仮で運営する『わ』の初日である。
居酒屋を運営している方のお店でお昼にお店を借りることになる。だから、みんなで借りるための挨拶をしているということ。
既に食材はガンツさんとマルコさんが運んでくれてきてくれている。今日の分ということで用意してもらった。初日ということで、そこまで多くは仕入れていない。
いつもは昼に五十食。夜で五十食。一日百食くらいなものだ。だから、今日は三十五食分ほどを用意してもらった。足りないかもしれないが、余るよりはいいという判断だ。
「リュウさん、『わ』の復活を目の当たりにできて嬉しいです!」
家主さんが祝福してくれた。本格的な復活ではないが、仮の復活である。
「ありがとうございます。まだ、仮、ですけどね」
「そうですねぇ。元の所に再建するんですか?」
「えぇ。そのほうがいいかなと思いまして……」
俺の答えに満足したのか、笑顔で頷いている。協力してくれるなんて嬉しい。この方も、お昼は『わ』の料理を食べたいと言ってくれていた。
今は、まだ九時くらいだ。これから二時間で仕込みを行って昼の営業に備える。子供達も手伝ってくれるというので、せっかくだからお願いしたのだ。みんなで復活を味わいたいという思いもあった。
「では、私はこれで。夜の仕込みがあるので、日が昇っているうちに終わらせてくれればいいですから」
「わかりました。有難う御座います」
今日は昼営業を少し早く切り上げてみんなのご飯にしよう。
家主さんは頭を下げると帰っていった。昼にまた来るのだろう。
「さぁ、仕込み取り掛かろうか」
「「「おぉー!」」」
子供達は元気いっぱいだ。ミリアは「何を切ればいい?」と張り切っている。昨日発見した子供用のナイフを刃物屋さんに持っていたら、柄の部分をすぐにつくってくれて、刃も研いでくれたのだ。あぁいう職人は本当に凄い。
リツとイワンは野菜を洗ってくれるという。洗い場にある沢山の野菜。水を出すと顔に飛沫がかかるのをきにすることなく、洗ってくれている。
イワンは顔をしかめているが、リツはとても楽しそうだ。ときおり「ぎゃははは」と笑っている声が聞こえる。楽しそうで何よりだ。俺がそんなのんきなことを思っていると、「ちょっと! リツくん、まじめにやって!」とどこぞの学級委員長のような発言をするミリア。
ついこの前まで一緒になって遊んでいたと思うのだが、いつからリツを指導できる立場になったんだろうか。
いつまでも見ているわけにもいかないので、俺も肉を切り分けて仕込みをする。トロッタ煮に使う肉をサイコロ状へ切り分けて、生姜を千切りにしていく。
次に、新しく仕入れた肉を取り出す。これはゲンジさんが仕入れていた肉なのだ。そぼろ丼に使っていた肉。この肉は、ワポックという豚と牛の中間のような大きさの魔物の肉。
その肉を叩きにしていく。その叩きにするのもゲンジさんの使っていた短い幅広の剣のようなものを俺も刃物屋さんで新調してきたのだ。この辺の刃物は入れ物に厳重に保管していた。子供達が触らないようにだ。
その剣で肉を叩いていく。
額から汗が噴き出しているが、おでこに巻いている布がそれを吸収してくれている。この剣を振り回すときは、いつも汗だくになるのだ。
「リュウさん! ウチも何かしますよ?」
「私も空いてますわ」
テーブルなどを拭いたり、掃除をしてくれていたサクヤとアオイが終わったようで声を掛けてくれた。ありがたいことなので何か仕込みをお願いしようか。
「サクヤは、ホーホー鳥を切り分けてもらおうか。アオイはツノグロを丼に乗せる用で切ってもらおうかな」
「任せてください!」
サクヤは威勢よく返事をすると腕を捲って厨房へと入って来た。元気印ならではで、厨房に入って来たことでみんなの意欲も少し上がったように思う。「さぁ、やるよー!」といってちびっこたちを鼓舞している。
「わかりましたわ」
アオイは正反対で、静かに厨房に入って来た。その優雅さにみんながみほれるのではないだろうか。子供達でさえ、目を奪われるのだ。それでいて、ナイフ捌きも様になっているから凄い。
なんとか順調に進んでいる仕込み。もうすぐ店を開けるんだなぁと思うとワクワクする。
この場所で『わ』を開くというのは、実は大々的には宣伝していないのだ。知る人ぞ知るといった感じで内部の者しか知らない。
そんなことでいいのかと思うかもしれないのだが、仮の間はそんなに人が来ないという判断だ。口コミで少し広まってお客さんが来てくれればいいなぁという感じ。
なんだか、入口に人の気配がする。
「サクヤ、外に誰かいるか?」
ちょうど入口近くにいたので、サクヤに見てもらった。何やら話し声がする。もしかして、このお店のお客さんだろうか?
外から戻って来たサクヤは目を丸くして厨房に走り寄ってきた。何かあったか?
まさか、また嫌がらせ?
不安が胸を過ぎる。
「リュウさん、お客さんが、開店を待っているみたいです」
耳を疑った。開店を待っている?
今までそんなことなかったけど。なぜだろう?
「『わ』の開店を待っているってことか?」
「そうです。なんでも、食べた過ぎて待ちに待っていたとか……」
それは嬉しいことなのだ。でも、人影が増えて行っている気がする。気になって仕方ないが、仕込みへ集中することにした。
なんとか仕込みを終えた頃。子供達も疲れた様子で椅子に座っていた。
「みんなありがとう。後は、奥で休んでいてくれ。今日は、注文と会計、サクヤとアオイで分担しようか」
「「はい!」」
なんだか、人が多いようだから回転数を重視しようか。そんなに仕入れていないことを後悔することになってしまった。まぁ、今日は仕方ない。早い者勝ちだ。
「サクヤ、入れていいよ」
お客さんを入れるように指示すると、次々になだれ込んできた。たしかに、顔を見ると常連客のようだ。待ってくれていたんだ。そう思うと込み上げてくるものがある。
「おやっさん! 楽しみにしてましたよ! 怪我、大丈夫でした?」
アッシュさんが来てくれたみたいだ。俺は感情が抑えきれなくなってしまった。
「ちょっと、何泣いてんですか! こっちまで泣けてきちゃいますよ!」
アッシュさんも目を拭い、席に着いた。その後も、ゴウさん、シンさん常連客の方たちが続々と来てくれたのだ。こんなに嬉しいことはない。
「リュウさん! 手が止まってますよ! トロッタ煮いっちょう!」
「すまん。あいよ」
手を動かすことに集中し、お客さんも待たせないようにしないとな。
一心不乱に料理を作っていると、アドレナリンが出ているのだろう。気持ちが高揚してくる。これだよ。この忙しさと喧騒が『わ』だよ。
「おやっさん! 腕上げたんじゃない? 美味かったよ!」
「ありがとうございました」
帰っていく人が、笑顔で美味かったと言ってくれる。これが俺のモチベーションになるんだ。あぁ、戻って来たなぁ。やっぱり楽しい。
しばらくは、臨時の『わ』だけど本格復活まで頑張らないとな。
やっぱり、『わ』は俺の幸せそのものだ。