臨時の食堂『わ』としての一日が終わろうとしていた時だった。
扉が開くと顔を見せたのはシグレさんだった。臨時で開いたことを聞きつけてきてくれたのだろうか。頭を下げると中へと入って来た。
扉を開けて誰かをエスコートしている。不思議に思っていると、後ろから足をゆっくりと地面を確認するように歩みを進めてくる高齢の女性。
「あぁ、ここで『わ』っていうのをやっていたのねぇ」
思わず目を見開いてしまった。まさか、シグレさんが誰かと来てくれるとは思っていなかったのだから。
「いらっしゃいませ」
「ご丁寧に、有難う」
ゆっくりと頭を下げる高齢女性。
外は少し日が落ち始めていた。
少し早いけど、店を閉めよう。
「サクヤ、店をクローズにしてくれるか? アオイ、シグレさんたちを席へ案内してちょうだい」
「「はい!」」
サクヤは扉を開けて外へ行く。アオイは上品な動作で高齢女性の手を取ると、席へと案内してくれた。椅子を引いて腰を下ろすのを確認しながら、椅子を押してあげた。
「お越しいただきまして、有難う御座います。ここからの時間は、こども食堂『わ』です。お客様、何をご注文なさいますか?」
俺がそう宣言すると、子供達は喜んだ。
今日の数時間手伝いをしてくれていた子供達。
相当疲れただろう。
「私、ポメラっていうのよぉ。よろしくねぇ。そうねぇ。何がおススメかしら?」
首をコテンと傾げて聞いてくるポメラさん。可愛らしい人だ。
「ウチのトロッタ煮は美味しいと思いますよ?」
「なら、それにするわ」
「畏まりました」
頭を下げると、皆へ声を掛けた。
「ミリア、イワン、リツ。慣れない店の手伝いありがとう。アオイ、サクヤ。いつも助かるよ。二人がいるからこの店は回るんだ。みんなでゆっくり飯にしよう」
「「「はーい!」」」
元気のいい返事が店の中へと響き渡る。
ポメラさんの視線からは見えていなかった子供達が厨房から飛び出してテーブルへと座ったことで驚いていた。しかし、それと同時に、目を細めて喜んでいるようだった。
「ミリアは、トロッタに!」
手を上げて元気に宣言する。
「ボクはしょうがやき!」
負けじと手を上に上げて立ち上がって宣言したリツ。
「僕は、ツノグロの漬け丼」
イワンは落ち着いているが、少し疲労を感じる。何気にツノグロの漬け丼が気に入っているみたいだ。
「私もツノグロの漬け丼がいいですわ」
厨房の前に立っていたアオイもこちらを見て注文する。久しぶりに食べたいのかもしれない。
「ウチはシチュー丼がいいです!」
同じく厨房の横へ立っていたサクヤは安定のシチュー丼だ。毎回頼むから飽きないのかと心配になるが。
「シグレさんは?」
満面の笑みを浮かべて「自分もいいんですか?」というと、「思い出のトロッタ煮を」といい、サクヤとアオイは苦笑いになり、俺は笑ってしまった。
それぞれの食べたいものを仕込んでいた中から調理していく。全部少しずつ余っていたからちょうどよかった。よそっていくだけでできるから助かる。
俺は、余っているトロッタ煮を食べようかな。
できた料理から運んでもらう。最期に自分のを盛り合わせると席へと着いた。
「じゃあ、食べようか。食材を作ってくれた人、提供してくれた方たちに感謝を」
簡単にだけど、感謝の祈りを捧げる。これはいつもやっていること。それをみた高齢女性は目を見開いている。隣にいたシグレさんは一緒に祈っていた。
「じゃあ、食べようか」
それを合図に子供達は食べ始めた。
おいしいとか、こういうのが久しぶりだと話しながら食べている。セバスさんの家では静かに食べていた。だから、いつもからしたら騒がしい。だが、これがこども食堂なのだ。
「いつも、こうやって祈ってから食べるの?」
ポメラさんが目をキラキラさせて聞いてきた。
「そうですね。俺の方針なんですけど。食材を作ってくれた人たちと仕入れ先の人たちに感謝して食べたいんです」
「そう。うんうん。素敵ねぇ。それに、みんな元気でいいわぁ」
笑顔でそう言ってくれるポメラさん。
「うるさかったらすみません。でも、これがこども食堂のありのままなので」
首を振ったポメラさん。
「いいのよ。子供は元気でなくっちゃ! こっちも元気をもらうからいいわ!」
両手で力こぶを作るような動作をした後に、トロッタ煮を口へと運ぶ。
口を抑えて俯いた。
熱かっただろうか?
それとも、口に合わなかったか?
「ポメラさん、お口にあいませんでしたか?」
恐る恐る聞くと、首を振って顔を上げた。その目には潤んでいた。
「違うの。食事って、こんなに美味しかったんだなって。改めて思ったの……。旦那がなくなってからというもの。食べる物の味がしなくてねぇ」
寂しさからくるのか、ストレスからくるのかはわからないが。パートナーを亡くした人にまれにそういう人がいると聞く。
人と食べると美味しく感じるのに、一人で食べると美味しくない。そういう人も中にはいる。それは、いったいどういうことなんだろうか。
俺は、食事を楽しめる余裕があるのかどうか。
それに尽きると思う。
料理を口にしても味がしないというのは、虚無感と旦那さんをなくしたショック。要は、ストレスで味がしないのではないかと思う。
「今は、美味しいですか?」
「美味しいです。シグレくんにつれてきてもらってよかったわぁ」
そう言って、次々に口へと運んでくれている。
その連れてきてくれた張本人のシグレさんへ視線を向けると、トロッタ煮を一心不乱に頬張っている。時折、うんうんと頷いたり、「これだよぉ」といいながら食べている。
「シグレさん、ポメラさんを連れてきてくれてありがとうございます」
「以前、話していた心配している高齢の方っていうのがポメラさんだったんですよ」
「そうだったんですね」
「『わ』が仮復活したっていうじゃないですか。連れて行こうと思ったら、どこでやっているかわからなくて、来るのが遅くなっちゃいましたよぉ」
どこでやっているかは、口コミでしかわからないようにしていたから。それなのに店の前で待っている人がいたことの方が驚きだ。
「シグレさんにはいつも助けられてるの」
「ポメラさんが素敵だからですよぉ」
シグレさん。アオイとサクヤの視線が痛いのを感じているかな?
本当に女性だと見境がないんだなぁと思い、笑みをこぼしてしまった。
やっぱり面白いなぁ。シグレさんは。
サクヤとアオイにいいと思うんだけどなぁ。と思っていたら、サクヤとアオイから睨まれて視線を落とした。声に出していないはずだけど。何を察知しているのだろうか。
そんなこんなで一日目が幕を閉じた。
やっぱり、店をやるって楽しいなぁ。