「今日は、有難う御座いました」
家主さんへ皆で頭を下げてその店を後にした。ここは臨時の店だから、また明日は別の店舗で『わ』を営業することになる。営業できるだけでありがたい。
でも、明日は子供達が手伝うのかというとちょっと首を傾げる。
今日は子供達が手伝いたいと言ったので、一日くらいだったらと思ってのことだった。明日からもとなると話は別である。
そんなに働かせるつもりはないし。疲れるだろうからあまり無理はしてほしくない。
セバスさんの家へと帰る道中、いい香りが漂ってきた。香ばしいような甘いような。隣を歩くミリアに視線を向けると鼻をひくひくさせている。
今日の稼ぎもあるし、みんなにご馳走しようか。
「みんな、今日はお疲れ様。何か食って帰ろうか」
「えっ? でも、今後の資金……」
サクヤが気を使ってそう進言してくれた。でも、今日くらいはいいかなって思う。復活祝いも兼ねてだし。
「パーッと使おう!」
「「やったーっ!」」
俺が宣言すると、リツとミリアは飛び跳ねて喜んだ。まだそんな元気があったんだなということに呆れ半分、元気でよかったとホッとしたの半分だった。
いい香りをさせていた出店は薄皮巻きだった。要は、クレープだ。この世界でも普通にみんなが食べる食事でもあるし、デザートでもある。
「薄皮巻きって、前からあるのか?」
「そうですね! なんでも、過去に魔王を倒してくれた勇者とその仲間たちがいろいろと食べ物や設備のことを教えてくれたみたいですよ?」
サクヤが過去のことを教えてくれる。
日本から来た人たちなんだろうからな。こういうの食べたくなるもんな。そのおかげで、俺は助かったりしているんだけどな。
「ミリアねー。レッドアイ!」
赤い実の入ったクレープなんだが、なぜかカクテルのような名称なのだ。ちょっと笑いそうになってしまった。店の人に失礼だから、なんとか我慢したが。
「ボクは、ブラックアンドホワイト」
リツの頼んだこれは甘い黒いソースのかかったホイップとアイスって感じのクレープだ。おいしそうだけど、甘そうな感じがする。
店のメニューを見ながら注文していたミリアとリツ。その後ろのイワンはメニューを指している。口に出すのが恥ずかしいのだろうか。イエロームンキーというクレープ。某ロックグループのような名前だが、ムンキーというサル型の魔物が好きな黄色いフルーツを使うだからだそうだ。
見た目はバナナ。
俺も結構バナナは好きだったから、これが気になるな。
後ろを振り返ると、うずうずしているサクヤとアオイがこちらを物欲しそうな顔で見ている。
「サクヤとアオイも選びな?」
「いいんですか? やったー!」
「私はいらない気もしますけど、選びますわ」
素直なサクヤと違い、ちょっと照れ臭そうに選ぶアオイ。上品な人はクレープを食べないとでも思っているのだろうか。
先に頼んでいたリツとミリアの分ができあがったようだ。甘いさくらんぽのような香りが漂い、香ばしい香りが後から押し寄せてくる。これはミリアの分。
リツのはコーヒーのような香りがしつつ、ホイップの甘い香りが同時に鼻孔を刺激する。なんか、これもおいしそうだな。でも、リツの分。
二人に渡すと、かぶりついた。
「あぁぁ。はたらいたあとのデザートはしみるわねぇ」
どこのOLかと思うような言葉を発するミリア。いったいどこでそんな言葉を覚えたのだろうか。思わず吹き出してしまった。
「今日の女性のお客様が似たような言葉を発してましたよ?」
サクヤからの情報で元凶が判明した。お客さんだったようだ。こうやって店に出ていると知らない言葉をどんどん覚えていくのだなとちょっと恐ろしくなった。
こんな形で吸収されたら、ずっと店を手伝っていたら変に大人びた子供となってしまうのではないかと心配になってしまう。
「っあぁ! あまいのさいこう! のうがよろこぶ!」
また変な言葉を発するリツ。これこそ、どこで覚えたのか……。
すかさず、アオイが近づいてきて報告してくれた。
「今日、アッシュさんが言ってましたわ」
ちょっと、後でアッシュさんを注意しておこう。
いつの間にかサクヤとアオイのクレープも出来上がったようで、受け取っていた。サクヤはブラッドオレンジというオレンジ色のクレープ。アオイは、ブラウンパフというケーキの乗ったクレープだった。
みんな美味しそうだなぁ思いながら、自分の分を頼もうとすると子供達が歩き始めてしまった。お金を払い、慌ててついていく。
食べ損ねたなぁと思っていた。
「リューちゃん、たべてみて? おいしいよ?」
「そうなのか? ありがとう」
ミリアが差し出してくれたクレープを一口頬張ると甘い香りと独特の味が口を歓喜の渦に巻き込んだ。これはうまいわ。
目を見開いて「うまっ」というとミリアは嬉しそうに続きを食べ始めた。それを機に、リツとイワンもクレープを差し出して俺に分けてくれた。
こんな幸せなひとときを得られたんだ。クレープ買わなくてよかったぁ。そんなことを思っていたら、ちょっと後ろめたかったのだろう。
サクヤとアオイがクレープを差し出してきた。そんな年頃の子供達の物を食べるわけにはいかない。俺の口を付けたのなんて食べたくないだろう。
それは、ミリアと、リツ、イワンも一緒か。そう思うとちょっと心が落ちてしまう。
「リュウさん、ウチのも食べません?」
「私のも一口どうですか?」
あまりに自然に声を掛けてくれたものだから、少しの葛藤が生まれたが。年頃の子の物を貰うのは、なんだか抵抗がある。何かいい言い訳はないか……。
「ありがとう。でもな、俺もうお腹いっぱいなんだ。食べてくれ」
すると、サクヤとアオイは「いいんですか?」「それは残念ですわ」と口々に残念そうに俯いた。なんだか、邪念の入った俺の心に罪悪感を感じながら帰路へ着くことになってしまった。
俺は、心が汚れているなぁ。